クラスの模擬店の準備が終わって俄かに活気づいたと思うと、仲の良い者同士、あるいは、誰か異性と共に出かける子達が現れ始めた。私は、見かけない制服の男の子と出ていく同級生を見て、ただぼうっと立っているだけだった。
 みんなみんな、普段そういう話ばかりしているわけじゃないけど――ちゃんといる子にはいるんだなあ、好きな人とか、彼氏さんとか、とぼんやり思った。これは昨日も思っていたことだけど、みんな一斉に熱に浮かされているようだ。
 私――音宮美佐の最後の文化祭に、そんなことを思うのは、少しだけ輝きを放つ希望があるからだろうか。それを私は夏頃から愚図愚図と、暖めたままだった。
「みーさーちゃんっ」
「きゃうっ」
 後ろから抱きつかれる。見るといぶきちゃんがデジカメを片手ににやにやしている。今日はちょっとお洒落しているのか、いつも銀縁の眼鏡を掛けているのに赤縁のを掛けていた。
「今日は一緒に回れ無くてごめんよお」
「いいよ、昨日は楽しかったから。でもいぶきちゃん、もうそろそろ行かなくちゃ間に合わないんじゃないかな……?」
「まあ、ちょっとくらいなら大丈夫だよ。ところでさ……」
 すっと私の耳元で彼女は囁く。くすぐったい。
「美佐ちゃん、男子と回る約束してるんじゃないの?」
 ひあっと仰け反ったけどいぶきちゃんがしっかりガードした。びっくりした時にしゃっくりみたいな声を上げてしまうのは私の難癖で、ただもう恥ずかしい。クラスの何人かがこちらを見た。既にお客さんも入ってきているので、その人達からも視線が来る。赤面していくのがはっきりわかる。痛々しかった。
「ちょっと、いぶきちゃん……私、そんな度胸、無いし……第一そんな男の子……いな」
「いいや、私はちゃんと見ているのだよ。四組の……」
「鳴滝和彦くん、やろ?」
 右耳の方で、千尋ちゃんの声がした。独特の関西訛りとはんなりした口調、ゆったりペースの動作が特色の彼女。見た感じもお嬢様で、事実とても有名な茶道のお家・原霞家の三女だった。勿論部活も茶道部、華道部と兼部していて、今年は二部合同でお茶会をしている。
「もー。ちひちゃん私の台詞取らないでよ」
「うちも、ちゃんと見てるよ」
 にこにこしつつも、いぶきちゃんとは取り合わない。別に仲が悪いわけじゃなくて、そうあるのが二人の普通だった。千尋ちゃんは私達の次の当番だったので、もうお店の衣装に着替えていた。よく周りを見ると男子の視線が千尋ちゃんに集まっている。千尋ちゃんが清山の人気者だということが明らかである。
「で、どうなん? その人とは」
「そうだよー、だって夏休みの補習も一緒で、よく話して、演劇部でもないのに手伝い沢山してもらったんでしょ? もうどう考えても脈ありなわけ、これって。ほんわかとろろんなちひちゃんでさえ気付いてるんだから、美佐ちゃんも気付いてないわけないでしょ」
「ほんわかとろろんって、本人の前でよう言えたなあ」
 何よー、悪い? と軽い小競り合いが始まるが、私達はともかく、千尋ちゃんはもう仕事がある。あまり長居は出来なかった。
「……うん、少しは、思ってるけど……」
 とんだ自惚れだと自分でわかっているけれど、胸の希望が言うことを聞いてくれない。
「なら、さっさと四組行ってくればいいよ。きっと相手からあんた見つけて、一緒に回りませんか、って誘ってくれるくれる」
「でもうちさっき四組見た時、鳴滝くんおらへんかったけどなあ」
 鳴滝君は総務委員で、きっと別の仕事をしている。お店の仕事は昨日だったか、今日の午後か、なのだろう。昨日、いぶきちゃんと回ったけど、タイミングが悪く彼はいなかった。その時いぶきちゃんは何も言わなかった……今日が最後だから、後押ししてくれているんだろうか。
 勿論、嬉しいんだけど――。
『お知らせします。写真部三年、関根いぶきさん、至急第三視聴覚室まで来てください、繰り返します……』
「やば、お呼びかかっちゃったよ」
「ぼさっとしとるからやわあ」
「うるさいなあ。ま、ちひちゃんも美佐ちゃんも頑張ってね。何度も言ってるけど、歴史研究会と服飾愛好会と写真部の合同イベント、絶対来てよ!」
 はい、といぶきちゃんはデジカメを構えた。千尋ちゃんは私と肩を組んですかさずポーズをとってくれた。こういう、何気ないスキンシップが私には心地よかった。ぴかっとフラッシュが閃いて、二人の姿はいぶきちゃんの赤いデジカメに収まった。

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