二人で分担して、古紙回収専用のゴミ置き場へ足を運ぶ。清山は広い。校舎もいくつもある。ゴミ捨て場もいくつもあって、使われていないのもあったりするし、不法投棄などもあって結構問題になっている。一方学校の地理に慣れていない新入生や転入生がゴミ捨てを任せられると混乱してしまい、全然違う場所に捨てることがよくあるのだ。
 女子と歩くのに、あんなに緊張するとは思わなかった。一歩一歩踏み出すのもぎこちないものだった。沈黙が気まずく、何を喋ればいいのかとつい口を滑らしたのは南堂の話題だった。あいつのポリシーは本当のところ演劇部ではどうなのか。


「私は、南堂君のやり方も演出もお話も、嫌いじゃないです」
 反南堂党の過激派だったら、それこそ南堂のようにくどくどと反論を申し立てるだろうが、音宮さんは見た目からして、そういう子ではないだろう。その答えが返ってくるのは妥当だった。
「むしろ、私もいつまでも空想に溢れたお話ばっかり書いてないで、南堂君達みたいな台本とかプロットを立てていきたいんだけど、上手く、いかないんで」
 謝るような口調だった。途端、脊髄に流れたのは哀れという感情で、気が付けば彼女向けな話題を提供していた。
「その、どうして台本を? なんで演劇部に? やっぱり、演劇が好きだから?」
 音宮さんが口を小さくぱくぱくしてしまう程、矢継ぎ早にそれは零れ出た。自分でも無様だなと思い、赤面しながらごめんと小さく呟く。だが音宮さんは優しい笑顔で話してくれた。
「えっと、もともと小さい頃から、絵本とか、児童向けの本をたくさん読んでて、その影響だと思うんですけど、なんだか空想癖が抜けなくって。サンタクロースのこと、結構長く信じてたりして、笑えますよね」
 そう話す横顔の微笑は、どこか寂しげだった。
「演劇は、姉がいるんですけど、劇団にいたんでよく見に行っていたんです。自分も姉に憧れて、中学で演技の方に挑戦してみようと思ってたんですけど、ほら、私って、やっぱりこう、小さくなっちゃうんで……声とか」
 さらさらと、頭上の梢が鳴る。木漏れ日の影が控えめに揺れていた。そんな夏の風景に俺達二人は並んでいた。
「辞めるのも申し訳ないし……それで、台本を少し書いてみたら、みんなに結構評判がよかったので、そのまま台本書きになったんです」
「だけど、清山に入ってみたら……南堂みたいな作風だったってことか、最初から」
 音宮さんは苦笑した。仕方無いですよ、と言う彼女の口ぶりは、準備や活動に燃える夏にそぐわない。さあっと、水を捲いたような音を梢が奏でた。
「私が、夢見がちなだけなんです。もう高校三年生なのに。受験生なのに。……なんて言ってるから、みんなから受け入れられないんですけど」
「そんなことない、絶対ない!」
 半ば怒るように言った。案の定音宮さんは体を震わせた。
「俺、音宮さんの書いたこれ、すごく気に入った。貰っちゃ駄目? 捨てるなんて勿体ない」
 それは告白に近いもので、あまりに一足飛び過ぎて未熟で、思い出すと今でも恥ずかしいし、笑えてしまう。音宮さんは俺の真意に気付いているかどうか解らなかったけど、とても嬉しそうな顔をほのかに咲かせたことを俺は覚えている。文化祭間近になった今でもはっきりと。
「――ぜひ、貰ってください」
 そして再び歩き出す。彼女は少し打ち解けた様子でこんなことを語った。


「私、やっぱり夢見がちなんですけど、こうなったら面白いなあって、いうことがあって」
「どんなこと?」
「物語の登場人物が、現実世界に迷い出てしまうことがあったら、って」
「それは、いいねえ」
 一歩一歩重ねるごとに高揚感が増してくる。
「いかにもファンタジー、って感じ! 戦隊ものとかヒーローものとかさ、時々遊園地とかに来るじゃん、あんな作りものじゃなくて」
「そう、本当に。だけど、実際そんなことあったら、きっと大変ですよね。言葉は通じるのかなとか、通貨とか、ものの名前とか、常識が全然違っていたら大パニック」
 控えめに彼女は笑う。そんなことがもし本当にあったら、奇跡どころじゃないですねと。
「私が夢見る空想は、超古代文明とか、超能力とか、そういうことじゃなくて、そんな些細なことなんです。人形遊びで夢中になる、子供みたいですよね、本当に」
「でも、俺も……いや、誰だってそういうの一度は夢見るから! あの南堂だってそうだぜ、絶対にサンタも雲の上の天国も信じてたって、テレビの中に人が住んでるとかさ」
 俺の発想がおかしかったのか、曇りがちになった表情がまたプラスの方へ動く。よく見ると小さな笑窪が可愛いらしい。
「それに……その逆でさ、ドラえもんの道具に、絵本の中に入りこんじゃう靴っていうのがあってさ、あれ、羨ましいなーって思ってた」
「ああ、ありましたね、そんなの。しずかちゃんが片方なくして、戻ってこれなくなっちゃうっていうの」
「そうそう! それ! ……と、ごめん何か熱くなっちっまって。だけど逆もなかなか、面白いと思う」
 そんな取り留めもない空想話を、ゴミ捨て場と演劇部を往復しながら重ねた。彼女は、演劇部という窮屈な檻から飛び出した青い鳥のように、幸せそうだった。幸せそうな人を見ると、こちらも幸せになる。それが好きな人だったら尚更。俺の、彼女に対する好意は短時間でこうして膨らんでいった。今もそれは大事に収まっていて、時々狂ったように暴れ出す。


 もう一束あるから、もう一往復できる――そう思って帰ってきたら、その束は無くなっていた。
「ああ先輩、そこのやつ、一年生が持ってってくれましたー」
「そう。御苦労さま」
「一年か……場所わかるかな」
 もし持っていったとするなら、途中すれ違っているはずなのだが、不思議なこともあるものだ。が、俺達が知らない別ルートを行った可能性もある。
「最後のやつ……大分年季の入った台本だったなあ……」
 そう音宮さんは独りごちた。少々残念そうに聞こえたのは、その台本を読めなかったことと――もしかしたら、俺といる時間が無くなったことを惜しんでいたためだろうか。いやいや、自惚れが過ぎるって、俺。ちなみに勿論、俺の全面的な残念さは、音宮さんとの時間が無くなったことにある。


 だからだろうか。演劇部の手伝いをするとちょくちょく南堂と共に部室にお邪魔したりして、音宮さんと親交を深めていった。夏期講習も出ていたので、そこでも挨拶を交わしたりした。客観的に見てもなかなかいい雰囲気になってはいるのだが――どうしても、踏ん切りがつかない。文化祭を一緒に回ろうと、言えない。彼女の台本は好きだとあんなにおおっぴらに言えたのに、そんな些細な約束が出来ないでいるとはなんという体たらくだろう。


 しかし、そんなこんなで、文化祭最終日を迎えてしまった。

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