ねえ、貴方は今でも、暗い暗い闇の向こう側にいる?
 直子様を苦しめていた生霊の正体――犯人が、検非違使に捕えられたの、もちろん貴方はご存知よね。
 犯人は五条、坂上参議殿のお屋敷にいる、下人だったって。
 強力な法師様の御祈祷によって、その下人は大変苦しんでいて、捕えた時はもう今はの際だったの。恐ろしいわ。芥子の花の匂いが屋敷中にしたそうよ。ああ、これも、『葵』に書かれた六条御息所みたいね。



 それから下人がどうなったか知らないけれど――皆はすぐに儚くなってしまったって言ってるわ。
 ……恐ろしいと言ったけれど、どこか悲しいと感じたのは、わたくしだけなのかしら?
 ……そんなこと、無いでしょうね。




 恋に死んでしまったのね、その下人は。




 ……わたくしが貴方に抱いた熱くて、苦しくて、だけど甘くて切なる想いを――きっと彼も抱いていたのだわ。わたくしと変わらず、同じように直子様を想っていた。




 もし、身分なんてものが無ければ、自由に恋が出来れば、死ぬことは無かったかしら。
 わたくしも、夫を持ってしまった今でも、貴方を想い続けることは、無かったかしら。




 ああ、その下人と自分を不思議と重ねてしまうわたくしが、ここにはいる。
 叶わない恋に、一方では死に、一方では生きているなんて。
 同じく強い想いを抱きながら、全く反対になるなんて、可笑しくて堪らないの。




 貴方なら解るかしら。どちらが善くて、どちらが悪いか。
 素っ気なくて、少しがさつな言葉で、だけど、優しいその声で、教えてくれる。
 今でもわたくしは、思い出せるのよ。
 瞼を落として闇を描いて、耳を澄ませば、そんな貴方がいつでも現れる。
 姿も、横顔でさえも見たことのない、貴方の幻影が。






 どうしてかって――簡単なのよ。







 貴方が――今でも愛しいのだから。




(了)




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