ひとりよがりの部活動




「それでは! 会議を始めたいと思います!」
 文化祭はつい先日だったというのに、その思い出がすっかり遠くに感じられる、ある秋の日の放課後。日当たりの悪い棟にある寂れた教室で私はそう宣言した。
 けれども、三人の部員はこちらを見てもくれない。瑠美ちゃんと愁君はいつも通り(それがいけないのだけれど)携帯電話をいじりながら互いに甲高い声で喋っているし、私と同じ二年生で副部長を務めているはずの本多君も、何かの本を読み、時には顔を左右に振り分けながらぶつぶつ一人で喋っている。彼は落研を兼部している。その練習かもしれない。
「大事なことだから、聞いて欲しいんだけどなあ」
「聞いてますよお部長」
 語尾をだらしなく伸ばして瑠美ちゃんは愁君にべったりと抱きついた。何だよお、と彼も彼女に身を寄せる。えへへと無邪気に笑う瑠美ちゃん。まるで毛づくろいをし合う猫のようで私は苦笑するしかない。この教室は、こういうカップルが隠れていちゃつくのにうってつけの場所だなあ、とこの二人を見ているといつも思う。
 それがいかに心苦しいことでも、これからもずっと思っていたい。だから私は言う。
「今日は――どうすれば、廃部を免れるかについて、皆の意見を聞きたいと思ってます」


 私が清山高校に進学を決めた一番の理由は、部活動が豊富だったということだ。
 と言っても、入りたい部活が特別あったわけじゃない。中学時代にやっていた手芸部や、それから派生した同好会に入るというのもいいなと少し思ったけど、私にはやりたいことがあった。
 部活動が豊富。その理由は、マンモス校であるこの学校の沢山の生徒達が、学校生活を盛り上げる為に自由に部活や同好会、愛好会、あるいはサークルを発足しているから。――そう、私は自分で部活をを作りたかったのだ。
 果たして、その願いは叶えられた。人が見ればそれは完璧とは言えない部活だったけど、高校生活の大切な財産になると、そう思っていた。
 ――けれど文化祭後、あらゆる部活動を震撼させた事件が起きた。清山の理事会で決定した「部活動の統合廃部の実施」だ。
 私達は知らなかったけれど、学校の経営状態が実はとても思わしくないという。財政に一番圧迫をかけているのは、ずばり多くの部活動。どんなに小規模な愛好会でも、活動費として一万円は支給される。中にはろくに活動もしないでお金だけ持っていく不良同好会もあると聞いた。だからだろう――それを見直すことがついに決まったのだ。そして、百を超えると言われる部活や同好会を統合、あるいは廃部という形で縮小化することで、学校関係者、並びに入学志望者に余計な混乱を招かないようにすることも決定した。
 文化祭が終わった後にそれが発表されたのが良心と言えばそうなのだけど、勿論生徒側は猛反発した。けれど理事会と、生徒の味方であるはずの生徒会は彼らにとても手厳しかった。むしろ、理事会側からしたら「実績のある優秀な部活動のみ残って欲しい」というのが本音であるようだった。
 私の「音声演劇愛好会」も、類似部活は放送部や演劇部を始めとして大変多い。だけど私は、そう簡単に統合、もしくは廃部という処置に首を振りたくなかった。だから――こうして会議を開いてみたはいいものの……。
「んー、成績でっちあげればいいんじゃないですかあ? どこそこのコンクール優勝! とか、文化祭でドラマCDが何万枚売れました! とか」
「生徒会にさー、何かやればいいんじゃね? ワイロってやつ?」
「あっ、愁君それいいー! あいつらアタマ超堅いからさー、参考書とかやればよくなーい?」
 私は頭を抱えた。これではとても廃部の道を回避できそうにない。ちらりと本多君を見てみた。視線に気付いたのか彼は本に栞を挟みながら言う。
「……これといった成績や実績もないし、まあ廃部になるより仕方ないんじゃない」
 ぐうの音も出ない。彼の言う通りだった。発足から一年も経っていないし、部員にやる気があるとはお世辞にも言えない。実際のところ私も、何とかコンクール優勝とか入賞とか、そんな具体的な目標を描いていないのだ。精々、一大イベントである文化祭に向けて頑張ることぐらいだろう。
 瑠美ちゃんと愁君は本多君の意見など聞かず、いつの間にか生徒指導の先生の悪口を言い合っていた。まず、二人の声が大きくて彼の声が届かない。
 落研を兼部している余裕からか、本多君はあんなことをさらりと言えるんだ、と私は思う。落研は高校生専門の落語コンクールにも多数入賞しているから、廃部なんてまずあり得ないのだった。彼にとってこんな同好会はどうでもいいのかも知れない。
 そうこうしている内に、理事会・生徒会との面談の時間がやってくる。ここで意見をきちんと通せば、廃部か統合は免れるかもしれないのだ。
「じゃあ部長頑張ってきてねー」
「まあそう気張らないでもいいっしょ」
 瑠美ちゃんと愁君の気の抜けた応援を背に受け、苦笑を浮かべながら会議室へ向かった。

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