だからいつしか、こんな自分が嫌になっていく。自己を嫌えば嫌う程、虚ろな視界に最後の選択肢が出現する度合いは高くなる。


 いつかは行きつく最後。生きていけばたどり着ける場所。


 すなわち死であった。


 私はいま屋上に登っているが――死にに行くのもいいかもしれない、とふと冗談めいて思った。
 逃げているのなら、いっそ自分から、人生から、世界から逃げ出せばいい。
 毒を食らわば皿まで。永遠に逃げ続ける自分が激しく気持ち悪い。


「……中学生じゃないんだからさあ……」


 思わず声に出してしまう程。がっくりと肩を落とす。ふうと鼻息と溜息が同時に吐かれて、生ぬるさを直に感じた。夏のようにうだった暑さが空間を満たしていた。だけど半袖を強要されるほどではない。――また歩く。目をツと動かすだけでも、階段が私を誘っている。


 何故屋上に登っているかというと人を探しているからだ。見つけるためだと言った方が近いかもしれない。大規模なかくれんぼを、とある友達とよくする。私が物好きにそんなことをするのでなく、友達の方から持ちかけてくる。ヒントが書かれたノートの切れ端はほのかに無邪気だ。――青空とある。


 青空へ、酸素の抜けた血と呼ぶに相応しい、弱く卑屈で臆病者の自分が向かう。
 地を這う蛇が首をもたげるように。鳥ではないヒトも蛇も飛ぶことあたわず。
 なのに高く空へ飛翔しようとしている。……これは傑作だ。――傑作だと思って、可笑しいのに、ああ、うずまき管の奥の奥から、死へ誘う音楽が聞こえてくる。
 嫌だなあ、簡単に死を想起でき、しかも誘われてもいいかなと甘美に酔いしれる自分が、気持ち悪い。


 馬鹿らしい。腹立たしい。世界には善人だろうと悪人だろうと一生懸命生きている人たちばかりなのに。
 もっともっと生きたい人だっているのに。


 なにが死だ馬鹿馬鹿しい。ふざけるな。



 いっそ。
 いっそ――殺してしまおう可知ら。



 と、思った時に――入口が見えた。


 ドアが一つ。はめこまれた擦りガラスから伝わる日の光が私の目に宿る。いくらかぼやけていた視界は光によって拭かれたみたいに鮮明になった。後光、という言葉が閃く。仏や観音がそれを背負って衆生を救済しにいらっしゃるのだ。
 ドアノブが妙に変な形に見えた。錯覚だ。別段何ともないのに。それを掌で包み込み、開く。



 青空のもとへ。



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