いつものように仕事を終えファミレスに行くと、詩穂はネーム用のノートにさっさっとペンを走らせていた。声をかけようとしたが、おや、と思い声が喉に引っ込んだ。
 てっきりそのペンは、パーツの一つ一つを詩穂自身が丁寧に選んで作った例のオリジナルペンだと思ったのだが、握られているのは僕が詩穂に似合うだろうと買ったペンだった。あの後詩穂の部屋に寄ってこっそり、何事もなくそこにずっと存在していたような自然さでペン立てにさしておいたのだ。
「ん? かんちゃんどうしたの、ぼうっとして」
 そうは言うが顔を上げていたのはほんの数秒で、すぐにノートの方に向き直った。今日は調子が良いのかどんどんページを埋めていく。顔はよく見えないけれど、とてもいい笑顔をしているはずだ。
「そのペンどうしたの」
 この前作ったのは? と出来るだけ平然を装って訊く。それと同じくらい自然にウェイトレスにドリンクバーをさらりと注文する。
「ああ、あれも好きなんだけど、何か、知らない内にペン立てにあったこっちの方がいいなって思っちゃって。すごく私好みだし」
 まるで魔法使いがステッキを振るように、顔を上げて詩穂はペンを揺らした。
「それにね、これ使ってたらどんどんアイデア湧いてくるし、難しい構図の絵も難なく描けちゃいそうな気がするのね」
 誰がくれたんだろう、これ、と目を細めて眺めるが、多分詩穂の中で答えは出ている。詩穂の部屋に出入りする人はそう多くないのだから。

 でも僕は生来の天邪鬼でひねくれ者で、甘えたがりなのだ。

「さあ、誰だろうね」
「もう!」

 かんちゃんってば! と怒っているのか笑っているのかわからない声を背中に僕はドリンクバーへと向かった。彼女はきっと笑っている。背中越しでもわかる。そして詩穂も、背中だけしか見えていないけど、僕が笑っていることをきっとわかっているのだろう。


(了)

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