うららかな陽光。少し埃っぽい空気の中、道路をはしゃぐように駆ける。
 学校までの坂道にはたくさんの桜が並んでいる。まるで雨のように桜の花びらが降りしきる中、私は目をらんらんと輝かせながら走った。
 小鳥たちのさえずり。穏やかで暖かな風。見上げれば桜の天蓋。目指す先にあるのは私の学校。
 少し立ち止まって、ゆっくり深呼吸。空気も桜色という感じ。ああ、春だなあ。

 今朝は、特別気持ちいい。
 こんな日はきっと、素晴らしい出逢いのある一日になる!
 運命がそう約束している。私にはわかる。きっと今日は、恋にしろ友情にしろ、素敵な出逢いが待っている。背伸びをして私は、桜の枝の隙間から見え隠れする太陽に大きく頷いた。
 入学したばかりだもの。友達も好きな人も出来るといいな。

「その為にはまず学校に行かないと始まらないよね」
 独り言を言ってしまったのは、周りに誰もいないからだ。と思ったら、私の目の前をするりと通り抜けていく人がいた。
(……うわ、恥ずかしいな。聞かれてたかな)
 でも、心の声までは聞こえてないからいいか、と変なところで安堵した。
 私は恥ずかしさをぬぐう意味もあって、手始めにその人に声をかけてみることにした。
 男の人。先輩だろうか――緊張するけれど、恋するにしたって友達になるにしたって、ともかく、人間関係を円滑にするにしたって挨拶は大事だから、と鼓舞する。
 その人の隣を走って、大きくおはようございます! と挨拶した。その人は少し伏し目がちに歩いていたけど、そこで顔を上げた。
 全体的に体の色素が薄い、どこかやる気の無さそうな顔をした、私と同い年くらいの男の子だった。

「――おはよう」
「……はい。おはよう、ございます」

 私はどこか呆然としながらそう言った。彼の雰囲気に何故か、心惹かれるものがあった。

「君から挨拶したのに、またそう返すんだ」
「あ……確かに。すみません」
「いいんだよ。新入生?」
「は、はい」
「なら僕と一緒だ」
「あ、そうですか……じゃなくて、そうなんだ。何組?」
「三組」
「あ、同じ。私、乙木宝子っていうの。よろしくね」
「……浅井諒一だよ。そっか同じクラスか」

 なら一緒に教室まで行こうか、と彼はどこか困ったように、けれどくすぐったそうに笑った。


 その微笑を見て、私はかつて、遠い何処かで――彼に恋をしたような気がした。


 その時私は、――本当に、突然に。

 だけど、決まっていたことのように、恋に堕ちた。

(了)

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