「――君が亡くなった時、全校集会があって、僕はその事故のことを知った。そして、亡くなった子が僕に告白をしてきた子だということも知った。
 告白して、意地悪な質問をして突っぱねたことと、君が事故に遭ったことに因果関係はない。
 だけど僕は、自分の所為で君を殺してしまったと思いこんだ」

 彼の語りが、時間を巻き戻していく。
 私のいなかった時間。彼はそこに意識を飛ばす。

「入学したばかりだったから、友達もろくに出来ていなかった君は次第に忘れられていった。ある時はていの良い怪談のネタにもなったりして、あることないこと言われていた。
 勿論、僕だって人間だから、罪の意識と君のことは、時間の流れと共に薄れていった。けれど僕は――明らかに君の死が契機となって、自分から進んで恋愛ものの小説を読んだり、映画を見たりした。
 そうして、君がするべきだった恋についての研究を進めた。そんなの、以前はくだらないって思ってたのに。
 けれど、心から好きだと思える人がやっぱり現れなかったから、恋に関する知識があっても、実際の恋がどんなものかはわからず――ついに僕も、君と同じような不慮の事故で死んだ。
 死の直前に思い浮かべたのが、名前すらろくに覚えていない君のことだった。君だって似たような状況で亡くなったと勝手に思っていたからね」

 彼はそこで一旦言葉を止めたけど、私は何を言うべきか、どうするべきか、わからなかった。
 だから主導権はやっぱり彼が持つことになった。戸惑っている私を見て微笑する。
 また白い光が彼から生まれる。最初と同じような少年の姿。けれど、夏服を着た高校生くらいの容姿だ。今の私と並べば、きっと高校生同士のカップルだと言われるかもしれない。

「幽霊になって、地縛霊や浮遊霊を取り締まったり、面倒を見たりするところに回されて、大体二十年くらい経った。そして僕はここに辿りついて――驚いた。
 君の幽霊が、まだいたんだから。若い姿を保ったまま、あの桜の道を駆けているんだから。残念ながら、僕のことは忘れていたけれど。
 僕は――何としてでも君を、生き返らせるのは無理だとしても、もう一度女の子に生まれてくるようにしたいって思った。
 罪の意識は、こうなってしまっても未だにあったんだ。そうして上にかけあって……僕も一応当時の姿になって、今に至るわけだよ」
「……アサイくん」

 全てが信じられなくて、声を出すことも、何を話すかということも、手を伸ばすことも、どうすればいいか全然わからなかった。
 ただ彼を呼ぶ。なんだい、と彼が微笑む。それでも会話が続かないから、アサイくんが言葉を繋ぐ。

「だから……実は僕らは意外と、物語にあるような、運命の恋をしているのかも知れない。
 僕の場合は恋じゃないかもしれない。ただの罪悪感から来ているんだし、正直に言ってしまえば、自分が救われたいっていうエゴでしかない。
 それでも、僕は君に逢えて、……すごく嬉しかったんだよ」

 その微笑みが、私の胸をもう一度縛る。
 あの一週間にもなかったくらい強く。そして、生前にもなかったくらいに深く。
 苦しいけど、すごく愛おしい。私はきっと、死ぬ前に彼のこの微笑をどこかで見たのだ。それに私は、惹かれてしまったんだ。そして、あまりに性急にことを進めてしまった。

「……気付かなくて、ごめんね」

 何をするべきか、全然わからなかった私の中にふつふつと生まれていた、形ない想いがようやく声になる。その意味が音になって耳を通ったことで、更に大きく理解する。
 呼吸が苦しい。目頭が熱くなって、視界が潤んできた。
 私がこうして幽霊になってしまったのは、全部目の前の彼を想っていたから。
 死んだのは私なのに、時を止めたのは私なのに、勝手に彼に置いていかれたと思ってしまっていた。

 こうやって、短い間だけでも、傍にいてくれたのに。
 だけど私達は――本当はお互いを想い続けていた。

「いいんだよ。全部僕のお節介なんだ。
 だけど……本当はちょっとだけ、嬉しかったな。
 君は誰かに恋をすると思ってた。恋を知る為に。けれど、そうはならなかった」
 自惚れてもいいのかな、と浮かべた困ったような笑いが、薄く見えていく。彼の体全体も、以前よりぼんやり見えてくる。
 私が泣いているから? けれど涙をぬぐっても、彼の姿ははっきりとしなかった。
 それどころかどんどん、見えなくなっていく。見えない私と、同じようになっていく。
「アサイくん、体が、消えちゃう……」
「そりゃあ当然だよ。君の処遇について、何の権限もない僕がかけあったんだから。消えるのだけでも本当は足りないくらいなんだよね」
「そんな、どういうこと……」
 見えない手で掴もうとしても全くつかめない。糠に釘を刺している方がまだましなんじゃないかと思うくらい。
「……神様がロマンチストだったらいいのに」
「アサイくん……!」
「それでまた、どこかで逢えればいいのにね」
 アサイくんが消えてしまったら、私も本当に消えるんだろうか。きっともう時間は残されていないんだ。
 まだ話し足りないのに。もっと謝りたいのに。もっともっと、彼のことを知りたいのに。恋とか愛とか、そういうのじゃなくてもいい。

 もっともっと、彼に近付きたかった。

「そんな悲しい顔しないでよ。泣かないでよ。怒って僕につっかかってくる方が、まだ可愛げがあった」
 こんな時に何を言っているんだろう。彼の余裕は、生まれつきのものなのかな、そう思うとまた涙が流れた。
「次に生れてきた時、もしどこかで逢ったなら声をかけて欲しいな。勿論、その場で告白したって一向に構わない。今度は快諾するよ。
 僕は君のことを、実際のところ何一つ知らないから、今度はちゃんと付き合って、一つ一つ知っていきたいんだ」
「からかわないでよ……」
 笑える余裕が私にはない。けれど笑った方が、アサイくんが嬉しいかと思った。涙でぐしゃぐしゃに濡れていて、すごく不細工だったとしても。
「でも、その時、私がおばさんになってたら……」
「言ったでしょ」
 年なんて関係ないんだよ、そういう彼も――もうほとんど見えないけれど、笑ったような気がした。
 真っ暗だった世界は、アサイくんが消えるとともに、真っ白になった。

 そして私も――宝子の幽霊も、消える。

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