そういうものかな、と放課後、とぼとぼとあてどもなく歩きながら思っていた。
 告白の場面に直面してからも思ったけれど、そう恋愛なんて、告白なんて――恋なんて、そう上手くいくものじゃないと思う。
 私はそれをわかっていなかった。わかっていなかったから、例の彼に突撃告白して、恋をすることはどういうことか反対に質問されて、それで別の人に恋して確かめてみようなんて馬鹿馬鹿しく思ってしまった。
 そしてそのまま死んでしまった。そして目的だけが残ってしまった。
「本当に、馬鹿だよね……」
 そうだ。私のなんて、本当に甘い考えだ。
 そう簡単に、告白なんて出来るものじゃないんだ。簡単に告白なんかしてしまったから、私は死んでしまったんだ。
(そりゃあ、今は告白をしなくてもいいんだけど。
 本気の恋をすれば、それだけでいいんだけど……)
 それでも思うことがある。歩みを止め、私は廊下の窓越しに見える、暮れゆく空を見つめながら思う。心に出来た隙間に、夕焼けの、哀愁を帯びた柔らかい、それでいて強烈な色が入り込む。どこか切ない空が、私の瞳と心に眩しい。

 告白なんて、簡単に出来るものじゃない。だって、告白すれば、それが私のような「死」じゃなくても、何らかの形で終わりが来る。
 片想いはその場で終わってしまう。自分だけの都合のいい妄想はそれでおしまい。
 そこから先は、相手次第。自分の甘い時間を崩すことも、実現させることも、全ては相手の返事にかかっていて、そしてそれは、そう上手くいくものじゃない。
 傷ついて、終わることが多い。――私はそれをわかっていなかった。きっと馬鹿正直にその彼と素敵な恋が出来るって、そう思ってた。
 誰だって、自分が可愛いに決まっている。それなら恋なんてしない。しても片想いで終わらせる。告白なんてしない。

 私は夢中で考えた。同時に自分の甘さに――自分が死んでしまって、それでも性懲りもなく恋にしがみついていることに無性に怒りを感じながら歩き回って、誰かにぶつかった。
「あ……すみません」
「大丈夫?」
 男の人の声だった。私は上目遣いでその人を見た。
 きれいな人、という印象がまず浮かんだ。髪の毛は真っ黒ではなく色素が薄く、どちらかといえば茶色に近い。目の形が黄金比でも持つんじゃないかと思えるアーモンド型、それを縁取る睫毛もぴんとのびていて、繊細だ。浮かべる微笑みも、どこか脆くて、だからこそ美しい。
「あ……あの、その、ごめんなさい」
 自分の顔が赤らんでいくのが、見えなくてもわかってしまう。見惚れてしまい、数秒くらい無言だったから、尚更恥ずかしい。男の人――先輩だろうか――は困ったように笑った。どうしよう、その笑顔にも見惚れてしまう。
 胸を締め付ける何かが、胸自身から溢れ出る。
 これは、もしかしなくても。心に期待を込めた時だ。

「陽一? 早く、行こうよ」
「ああ、ごめん菜緒子」

 彼は、前方に向かってもその笑顔を呈した。私は振り返る。勝気な目をして、長髪を靡かせた女の人が腰に手を当てて待っている。美人だな、と思ってしまう。紅梅の色を持つ唇はきっと真一文字に結ばれ、怒っているように見えた。
 彼が彼女のもとへ追いつくと、彼女はやっぱり少し怒ったように何かを言うが、二人は手を繋いで、向こうへ行ってしまった。
 呆然と、立ち尽くす。胸の締め付けは、まるで足のしびれが収まるみたいにすっと消えていって、かわりに胸には空しさが去来した。意味もないのに、リノリウムの床や、白っぽい壁や、灰色の天井を眺めまわす。そして思う。

 私は一体、何がしたいのだろう。
 もう恋の意味を伝えたい人もいないのに、どうして私は、ここにいるんだろう。

 私はここで――何をしているんだろう。

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