彼女と喋らずに数日が経った。七月六日、もう七夕は明日に迫っていた。

 日が落ちるのが大分遅くなっている。七時近くになっても、まだ空はぼんやり明るい。薄い青と薄い桃色がマーブルとなってこの世界を覆っていた。
 ここ数日は雨だったが、七夕から数日は晴れ間が続くらしい。絶好の七夕日和です、と天気予報のお姉さんは言っていた。空では多くの織姫と彦星が出会うだろう。彼女の話を信じるならば。地上でも多くの恋人たちが空を見上げるだろう。


 七夕の日の暮れも、そんな空模様だった。
「ねえ、あなたも何か書いていったら?」
 仕事を上がる前にチーフ格の人がにこにこといい笑顔を浮かべながら入口の笹を指した。彼女には私が仕事を始めた頃からいろいろお世話になっているから無碍に断ることが出来ない。みんな書いていってるわよと言うのでじゃあ私もと愛想笑いで応えた。
 ピンク色の短冊に、しかし何を書けばいいのかわからない。
 仕事場のそれに、恋がしたい、好きな人が欲しい、彼氏が欲しい、等と書けるものじゃない。そもそもそんな願いしか浮かばない自分も哀れだった。
 居心地が悪くなって色とりどりの短冊を眺めた。そこには沢山の願い事が吊るされていて、賑やかだった。

 テストでいい点を取りたい。お菓子屋さんになれますように。
 マラソン大会で一位になりたい。長生きしたい。どこそこに受かりますように。
 消防士になれますように。家族みんなが健康でありますように。ダイエットが成功しますように。

 家族連れのお客が何かを書いては次々吊るしていく。老若男女様々な願いを、この笹は抱いていた。今日、全国にはそういう笹がたくさんある。
 それを叶えるのは織姫だろうか、彦星だろうか。それとも願った誰かだろうか。私はぎゅっとペンを握ったまま、その場に立ち尽くしていた。


 あの子がもしここにいたら、託す願いはきっと一つだけだ。私にはまだ抱けない願い。
 けれどそれを実現出来るのは、私しかいないのだ。


 走り書きで私は短冊を書く。それを、彦星の飾りの近くに結んだ。

 あの子が帰れますように。

 私は急いで部屋に戻った。そして引き出しを開け、箱が入った箱を鞄に入れると、再び急いで外へ出た。



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