織姫の箱




 私がその小箱を買ったのは、ようやく夏の暑さが実感できるようになってきた六月の中旬頃だったと思う。体に纏わりつくものが自分の汗なのかはたまた湿気なのか、よくわからない梅雨のある日。それでも雨の日というわけではなく、まだ平和な青空の広がる昼下がりのことだ。


 街での買い物が済んで、いい天気だったから歩いて帰っていた。更に調子に乗って普段は通らない道を選んでいくと、古道具屋や古書店などが並ぶ、どこか懐かしい、情緒豊かな裏通り辺りに出た。
 何度か自転車で通ったことはあったが歩きで来ることは初めてだった。店先に並ぶものをひやかしながら歩いていた時、私はその小箱に目をつけたのだった。
 別に、私が箱がとにかくもう好きで好きで、見つけたら是が非でも買いたくなるという性分というわけではない。小物は好きな方だが、小物入れは間に合っていた。それなのにどうしてか、その瀟洒な作りと外見の小箱に惹かれてしまったのだ。
 普段通らないここでこれを欲しくなったのも何かの縁だと思い、私は購入した。店の主人は好々爺といった印象のある老人で、それ一つだけの買い物だけだったが随分嬉しそうに包んでくれた。箱を手に入れたこともあって、いい買い物をしたとこちらも嬉しくなった。


 箱は本当に小箱だった。一辺が五センチ程度しかない。藍色で、白い星の模様が散りばめられている。値段はそんなにしなかったが、上品な光沢から高級なものという予想がついた。
 ただ不思議だったのは、なぜか箱を開けてみようという気にならなかったことである。外見が気に入ったので、中身は問題じゃない、という単純な理屈かもしれない。

 私はそれを本棚の上にオブジェのように飾った。所詮、つまらない所有欲が動いたんだろう。けれども朝起きて箱を見るのがすごく好きだった。朝でも昼でもそこに星空があるような気がしたからだ。


1      
novel top

inserted by FC2 system