私はそんな面と偽の面を合わせて生きているが、それでも根は女なので、夢見がちなところも多々あった。永遠に得られそうにないものを、ぼうと心の裏に焼きつけていた。


 それは恋だった。それも、あの無能との愛情物語だった。私のような怜悧で、偽りの自分を演じ続け、本当の自分に誰も寄せ付けない人間と、そうでなく凡庸でただ愛を向けることしか能のない、ひたむきに誰かを想う人間とが出逢う。互いは想い、すれ違い、情を交わし合って、その末に誓いを結ぶという形は往々にしてある話だ。よく見てみれば、あいつは虫も殺さないような穏当な顔つきで、お人好しで、全体的な器量も良いと言えなくもない。


 だが、まったく馬鹿馬鹿しいことだ。まずあいつと恋に堕ちるなんていうことが反吐が出るほどあり得ない。そして私はいくつもの、それこそ両手に余るほど沢山の付き合いを重ねてきた。偽の自分を掲げていることで、男性と付き合うことも枕を交わすことも苦労しない。
 そしてその末に知ったことは、そんな夢みたいな恋なんてありはしないということだった。まず私はあいつ以外に本当の自分を曝したことが無いのだから当たり前だろうけども、二つを重ね合わせてみれば、自ずと答えは知れるもの。自分から接近することも絶対に無い、恋に対する希望も殆どない。
 完璧な私が、傷だらけで歪な仕事しか出来ない、無能なあいつを好きになるわけなどないのだ。

 そりゃあ、あいつは私のことが好きなんだろう。取り巻きの中でも仕事上でも熱心に私に意識を向けているのだから。――そう、彼の中にある、私への明確な好意というものに私はどうやら、自分でも呆れるのだが望みの糸を弱弱しく結んでいたらしい。あんなに手酷く彼を苛め、嬲って、からかって、せいせいしているというのに。まったく、やっていることと思っていることは正反対だった。真逆のペルソナを使い分けている所為だろうか。



 ともかく、私はどこかで彼を信じていた。彼から伸ばされる光の御手を待っていた。けれども望みの糸は、他でもない私自身が与えた暴力によって柔らかく、それでも完全にぷっつり切れてしまって、彼は私から離れていくようになった。当然のことだろう、優しい言葉をかけることもなく、微笑みすらも投げやらないでいたのだから。代わりに彼の上に降らせたのは何だった? 自分に改めて問わなくても、わかっているじゃあないか――。


 恋を得るには、待っているだけでは駄目だったのだ。


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