鏡の里の鏡の少女



 昔から放浪癖が治らないのよ。それが母の口癖だった。父の単身赴任が多いのをいいことに、そんな放浪癖のある母を持つ私も、居住を転々とすることになった。転校を繰り返しているからなかなか友達が出来ないことを、母はちゃんとわかっているようで、それでも人の人生と言うものは旅と同じだからとか何とか言って、全然慰めてくれなかった。さよならだけが人生だ、なんて嘯いて。それが少なからず母への憎しみとなっている。転校の時期をちゃんと学年の終わりや学期の終わり頃に設定してくれていたのは、けれども、彼女なりの情けであろうと思う。
 御鏡村に居住を決めたのは、そんな母の旅癖もあるのだけど、彼女の精神療養の為でもあった。自由気ままな生活をしながらも、芸術系の仕事に携わり、かつそこそこ腕の立つ、人気者な職人であるらしい母は(そりゃあこんな引っ越し三昧の人生が送れるのだから、それなりに稼いでると言うことだ)何をやらかしたのかある企画が頓挫したことで随分と気持ちが塞いでしまっていた。私の人生の全てを振り回しているような母がそうやって落ち込んでいると、こっちも調子が狂ってしまう。
 そういう時にこそ、人は旅をするんじゃないの。そう言ってやったら、まるで今まで探していた眼鏡が実は額に掛けてあった――と言う古臭いギャグそのもののように、どうして忘れていたんだろう! とばかりに飛び上がった。椅子から腰を浮かした彼女は、事実飛び上がったくらいに見えた。さっそく友人と相談してくると取るものも取らずマンションを出て行ったのはそれから数分もしない内で、こりゃ今度は海外かしらんと私は呆れた。久しぶりに機嫌を直した母を見て鼻歌なんか歌いながら腕を伸ばし、新天地を夢見ているのだから、何だかんだで私も彼女の人生と言う旅を楽しんでいる。行くならよしもとばななの小説に出てくるような南の島がいいな。と思っていたら、これが正反対だった。
 御鏡(みかがみ)村。既に市町村合併がなされているので村ではない。俗称として今でも御鏡村と呼ばれている。古くは神鏡村と言う名だったようで、その名の通り、鏡に神が宿るとされ、特に神聖なものとして広く厚く信仰対象となっていたらしい。昔から鏡の生産地としても有名で、特に神事で用いられるものや神社仏閣からの需要が高い。と、そこまでは地理の教科書の記述を抜き出したようなものだけど(教科書に載ってるわけじゃないけど)ここからが曰くありげに母が話してくれたことだ。
 鏡と言う何やら神秘的要素の高いアイテムからも伺える通り、御鏡村は知る人ぞ知るパワースポットなのだそうだ。芸術的気力を失っていた母にとって絶好の羽休め場所と言うことになるけど、でもそれなら別に、他に行先があるように思う。スピリチュアルな所なんて、それこそ海外の方がごまんとある。まあそこで変なものに目覚められても困るし、父さんだってさすがに止めるかもわからないけど、と私が眉根を寄せていると、母はまるで小馬鹿にするようにちっちと指を振った。
 御鏡村には二つ名がある。
 見立ての里。箱庭の園。鏡の泉。
 鏡の前で何かに見立てた格好をしたり演技をしたり、あるいは「箱庭」を作ることによって、本当にその通りになると言う。それはさすがに言い過ぎだけど、まあ少なくとも、その実現に向けての気力がぐん、と養える程の、いわゆる霊力が御鏡村にはあると、その界隈では有名らしい。
 なるほど、実に曰くありげな場所だ。事実、まっとうな団体ツアー観光客から企業のオリエンテーション活動の一環、さらには新興宗教と言った怪しげな団体まで、いろんな人の興味を引きつけているとかいないとか。昨今のパワースポットブームで、知る人ぞ知る御鏡村もいよいよ人気が出てきているらしい。村、とつくくらいには辺鄙なところにあるのだから、とても鏡の生産だけではやっていけないだろう。多分これからどんどん観光に力を入れると思う。そして母みたいな人を受け入れる、療養地としても。


 高校一年秋の文化祭を終えて、僅か半年しかいられなかった高校に別れを告げ、母と共にその御鏡村へと旅立った。
 村の至るところに鏡があった。田園風景が続く中、きらりきらりと光を反射するものを見て最初は鳥避けの円盤かなと思ったら、鏡だった。吊るされているので鳥避けの役割もあるんだろうけど、まるで風車でも連なっているようにくるくる揺れている様は不気味ですらあった。大体、それが全く自然であるように続いているところもどこか怖い。道行く人だってそうだ。それが奇妙なことだとすら思ってない。鏡に守られた結界の中に入っていく感覚を、後部座席に体を横倒しつつ、じわじわ感じていた。
 この村では何気ない道路のカーブミラーでさえも特別に見える。途中立ち寄ったお土産屋さんには、万華鏡はともかく双眼鏡、望遠鏡、顕微鏡まで並んでいた。鏡がつけばいいってものでもないだろうけど、その節操のなさは実に観光地らしいものでかえって微笑ましい。不気味不気味と若干怯えていたけれど、店主の老夫婦の人の良さそうな微笑を見ていると、大分和んできた。
 しばらくはここで暮らすのだし、慣れれば何てことない。思いながら私はある手鏡を手に取った。あら、ちょうどいいんじゃない? と母さんが気前よく買ってくれたので、幸先いいかも、と私は鏡に笑って見せた。
 でも、ここは鏡だけが売りじゃない。箱庭作りにも不思議な力があるところなのだ。箱庭キットなんてものも売っていた。面白い、と母さんはそれも買っていた。箱庭療法の詳しいところは知らずとも、人形遊びの延長線上に考える。新居について部屋がある程度片付いたところで一服しながら、私は私の箱庭を作った。キットにはいくつかの付属品はあるけれど、自分の持ち物を使って何かを作ってもいい。箱庭は人それぞれ違うのだから。幸い、私の母は芸術系の職業だ。画用紙や折り紙や粘土なんかが普通の家庭より多くある。人形遊びと言うか、図工の時間かな。そう思いつつ懐かしい小学生時代を思い出す。学年ごとに違うところにいた気がするけど。
 そんな私が求めるもの。
 その通りになったらいいな、と言うもの。
 見立てるもの。
 私の箱庭。私だけの箱庭。
照葉(てるは)、何それ」
「私の箱庭」
 お風呂上がりの母が髪を拭きながら覗き込んでくる。私は自分を模した人形に顔を描きこんでいた。
「ただの家じゃん?」
「そ。家」
 とん、と、描き終えたそれをすごろくのコマのように箱庭の中心に置いた。
「もう母さんの放浪癖に、いい加減つき合いたくないの」
 最高にシリアスに捉えられるように言ったつもりだけど、やっぱり母はどこ吹く風だ。ふうんとつまらなさそうに言いながらビールを煽る彼女をこのばばあ、と憎々しげに睨みながら口を尖らせた。
 かといって私がこの御鏡村に住み続けるかと言うと微妙なところだった。第一ここには大学や短大もないし、進学するなら必然的にここを離れなきゃいけない。あくまでここは一時的な仮の住まい。療養と言う理由からしてそうだ。
 それでも私は安住の地を、ずっとずっと前からどこかで求めていた。それこそが私の望むものだと、今でもどこかでそう思っている。――ううん、ちゃんとそう思っているからこそ、今がある。
 船に港が必要なように。飛行機に空母や空港が必要なように。
 もう、旅をするのはごめんだった。
 母についていくのはともかく、自分から旅になんか、出たくなかった。


 泉未良(みら)が明鏡高校にやってきたのは、私が新しい暮らしとクラスにようやく慣れてきた頃、一年がまもなく終わろうとする暮れのことだった。
 隣のクラスに私と同じように転校生としてやってきた彼女に親近感が湧いたのもあるけど、ただの転校生にしては皆の話題に上りすぎていた。確かに珍しい時期にやってきたし、いくら人気のパワースポットとは言え所詮田舎の高校だから話題に乏しいと言うこともあるけど、そう口の端に上がりっぱなしだと、何だか私も気になってきた、と言うのが本当のところだ。
 転校が多いから、なるべく人と関わりを持たないでおこうと言うのが私の信条の一つでもある。でも言い換えれば、どうせ別れればお互いすぐ忘れてしまうのだから、名残惜しくならない程度に関わり合うのなら良し、と言うことでもある。だから軽い気持ちで、私はその泉未良なる少女を見に行った。あくまで自然に。教室を通りかかる時に。
 はっとするような、美しさだった。
 横顔をほんの少し視界に入れただけ。袖すり合う程もないくらいに掠めただけ。それでも、泉未良の肌の白さ、凛とした眼差し、光を引き立てるような漆黒の黒髪、扇のように彼女を包む、腰まであるポニーテール、揃った前髪、繊細な芸術品のような指先といったものに鳥肌が走ったのは、何も、凍てつくような寒さの中で見たから、だけではないだろう。
 ただ一つ瑕を挙げるとすると、彼女の左頬に大きなガーゼが貼られていることだった。その頬の半分以上も覆うもの。それはまるで、神聖な場所にでかでかと捨てられている、場違いで恥知らずな粗大ごみみたいだったけど、その下に何があるのだろうと見る者の興味を引きつけてやまない。ちょうど、ミロのヴィーナスの存在しない腕に、人々が様々な想像を羽ばたかせるみたいに。
 そんな瑕があってもなお、息を飲む美しさを有する泉未良は、けれどもどこか不機嫌な面持ちで窓の向こうを眺めていた。頬杖もつかず。息もしていないように。その場で生きたまま固まった石像のように。
 その机の上には、古びた大きめの手鏡がぽつんと置かれていた。その鏡だけが彼女の唯一の理解者であるかのように、無言で彼女に寄り添っていた。

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