「あの日は……本当にごめんなさい。
私の我儘で巻き込んでしまって」
ある夏休みの一日。文化祭準備の為に登校していた私は、美術室にいて作業をしている先輩とその絵を見て、思わず声をかけていた。かけてからしまった、と思ったけれど、今はそうでもない。
――あれから、どうやって帰宅したのかもわからなかった。けれど翌日を迎え、翌々週を迎え――蛍原先輩に会えないままお盆も過ぎ、夏休みも終盤を迎えていた。
二人の別れは、誰が何をしなくても確実に訪れていた。幽霊は、本来ここにいてはいけないし、平助は既に、先輩を見つけて、楽しく過ごせたことで満たされていたから、消えるのは時間の問題だったんだと思う。
でも、それを早めたのが自分だと思うと、後悔で何も出来ない日が多々あった。そして自然と先輩を憎んだ。先輩が言った通り、私があそこにいたのは、先輩の勝手でしかなかった。
あの場にいなかったら、こんな苦しい後悔なんか抱かなかった。
二人を、少しでも長く一緒にいられるように、何も出来なかった。
ただの、何の役にも立たない傍観者だった。
「もう……そんなに気にしてませんから」
けれど――その言葉の通り、あの日から時間が経った今、先輩を憎み切れない私もいた。
たとえ我儘でも先輩は、平助の存在を、確かに見てもらって、誰かに覚えていて欲しかったんだと思う。噂ではなく事実として。夢ではなく現実のこととして。嘘じゃないことを見ていて欲しいと、先輩は確かに言っていた。
二人の恋は――私と先輩しか知らない。
重いことだ。苦しくて切ない。それなのに、誰かに話せば、幽霊に恋したなんて、夢でも見たんだと一笑に付されてしまう出来事。
でも、私は確かに見届けたんだ。
抽象画が得意の彼女は、その日、珍しく人物画を描いていた。文化祭に出展するかもしれないと言う。
彼女もまた、その証拠を現実に残そうとする。
「こうやって、今はまだ、絵にも描いちゃうくらい忘れられないけど」
キャンバスには薄暗い物置教室が広がる。先輩が描く彼は、意地悪な笑顔で、絵の世界から先輩を見守っているようだった。
現実の絵の中に、彼がいる。そう、あの怪談の名の通り、居残る。先輩の想いもまた、寄り添うように居残るのだ。その想いの命が、途切れたわけじゃない。それは決して、悪いことじゃない。
「いつか、こんなこともあったなあって、当たり前に笑える未来が来るのかしらね」
微笑する彼女は、もう泣いてはいない。
「今が、とても切ないのと同じくらい確かに」
――あの日から、何が彼女の心の中で起こったのか、私にはわからない。でも、私以上に後悔に苦しみ、悲嘆に暮れ、絶望したのは確かだろう。こうやって絵に向い、かつての――もう還らない想い人とも向き合う彼女の姿を、弱いと言う人もいるかも知れない。
けれど私は――それでも未来へ向かおうとする「強さ」を、取材中にも感じなかったそれを、その時初めて、しっかりと感じていた。
(了)