居残り幽霊




 ありがとうございましたと、私は向かいに座る蛍原佐奈先輩に頭を下げた。
「こちらこそ、自分の心境を整理出来て、有意義なインタビューになったと思います」
 お互いに照れながら、どちらからともなく私達は自然と握手を交わした。

 文化祭の準備に追われる日々がそろそろ姿を現し始める、七月中旬のある昼下がり。
 私、居藤つぐみは、美術部部長の蛍原佐奈さんに取材を行っていた。新聞部の文化祭特別新聞の、有名人インタビュー。新入部員の私は早いうちから作業しようと、今日、先輩にインタビューの約束を取り付けた。
 有名人。スポーツ成績優秀者、芸術分野で活躍する人、またはクラスの人気者など、記者によって様々だ。工夫次第でいろんな人が有名人になり得るけど、蛍原先輩は正直かなり無難な路線の有名人だった。彼女は絵画においての有名人。中学生の頃から何度も賞を取っていて、高校三年間でも沢山の賞を獲得している。
 先輩も言った通り、インタビューはとてもよいものだったと思う。でも他の、意外性のある人を選んだ方が、記事として面白さに映える。記者としての力の見せ所だけど――。
 先輩はすぐに美術室には戻らず、何か作業していた。手伝いましょうかと訊くと、お願いしようかな、と先輩は頷く。セミロングの髪がゆらりと揺れた。はい、と返事した一方で、私は彼女に関するある噂を思い出していた。






 三階の一番隅にある教室は、物置教室と呼ばれている。机だの椅子だの何だのが沢山押し込まれている、とても埃っぽい教室。
 早く片付けてしまって、その教室を何か別のことに使うべきだと疑問を浮かべる新入生に、上級生は決まってこう教える。
 片付けない理由。いや、片付けられない理由。何故ならそこには、「居残り幽霊」が出るから――そう、おどろおどろしく伝えるのだ。
 何でも、ある不良の生徒がその教室で居残りを命じられ、課題をやり遂げるまで出ることは許されないと鍵までかけられたという。渋々彼は課題をしていたが――急な不幸が彼を襲う。突然、心臓発作を起こし、その場で亡くなってしまったのである。
 以来、あそこには居残りをしたままの不良の幽霊が現れ、彼の機嫌を損ねる損ねないに関わらず、机や椅子が不気味に浮かびあがり襲いかかってくる……という筋の怪談だ。
 ある放課後、友人達と喋っていて、ふとした流れでその怪談の話題になった。そして――その居残り幽霊と某人物が一緒にいるところを見た、という噂が、実しやかに囁かれていることもその場で知った。



 その某人物が、蛍原先輩なのだ。



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