うん、きっとこれは、麻耶姉も知らない!
 麻耶姉はいっぱいいろんなことを知ってる、六年生。町内で一番大きなお家に住んでいて、集団登校がある時にはみんなをひっぱって先頭を歩いていた。実はぼくの家とはお向いさん同士で、小さい頃からよく遊んだ。だけど、クラスの女子みたいにうるさくなくて、ツンとして静かで、塾や習い事を沢山していたから、最近は遊ぶことも少なくなってきた。でも、ぼくはそれでも麻耶姉のことが好きだった。
 だって麻耶姉は学校の中で一番可愛い。可愛いって言うよりきれい。頭もいいし、運動も出来るし(マラソン大会で十位以内だった!)かっこいい。難しい言葉で言うと「あこがれ」。ぼくは昔から何度も何度も好きだよって言ってきた。コクハクって、女子だけのものじゃない。そして、うそじゃない。
 でも麻耶姉はいっつもふーんで流して、うるさいな、とは言わなくてもそう言ってるような目でぼくを見ていた。ぼくはその度しゅんとしたけど、でもたくさんたくさん言えば何か変わると思ったから、何度も好きだよって言った。でもやっぱり、何も変わらない。
 何かが必要なんだってぼくは思う。だから、ぼくはハロウィンに頼ってみようって思って、姉ちゃんに内緒でおばけの衣装を作った。十月にはこんなことがあるんだよって、知らなかったでしょって言って、もう一回好きだよって言うんだ。たくさんいろんなこと知ってても、きっとハロウィンのことは知らない。みんな知らないんだもの。


 十月の最後の日。サッカーやろうってみんなは誘ったけど、すぐに帰った。お母さんも姉ちゃんもいなかったから安心して着替えて、麻耶姉のお家の呼び鈴を押す!
 麻耶姉帰ってるかな、と不安に思ったけど、麻耶姉はエプロンをつけて出てきた。
「お、お、お菓子をくれなきゃ」
 ぼくはどきどきしながら声を張り上げた。けど。
「いたずらする、でしょ?」
 言いたかったのに、先に言われてぼくはきょとんとした。麻耶姉はちょっとむくれた顔でふうと息をついた。
「ま、麻耶姉、今日はね……」
「ハロウィンでしょ?」
 知ってるわよ。と言われた。麻耶姉はそれから何事もなかったように頭を掻いたり頬を掻いたりしていた。ぼくはというと、さすがに、頭の中が真っ白になった。大きなものでごつんと頭を殴られたみたく。計画だったら、何それ? 知らないわ、って麻耶姉が驚いて、ぼくが説明して、それで最後に好きだよって言う。月曜にやってる、ドラマみたいにかっこよく!
 ……でも麻耶姉に、何でも知ってる麻耶姉にそんなこと意味なかった。麻耶姉には外国のこともいろいろ知ってたんだ……。どうしようどうしよう、と僕は地団駄を踏むように色々言った。
「お菓子が貰えるんだよ!」
「おばけの格好するんだよ!」
「外国のお祭りなんだよ!」
「十月のお祭りなんだよ!」
 みんな麻耶姉は知ってる知ってるって言った。――ぼくは悲しくなった。


 麻耶姉は何でも知ってるけど、ぼくが麻耶姉のことすごく好きなこと、知らないんだ。


 ぼくは泣いていた。男の子だからくだらないことで泣いちゃいけないぞっていっつもお父さんは言うけど、そんなの知るもんか。

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