「――ということは、三角関係になったのか」
「そういうことだよ。びっくりしたよ、僕も。恋のライバルは外の世界にもたくさんいるっていうのに、一番身近な光までが敵になってしまったんだから」
明はようやく前の線路の方に向き直った。横顔はどこか厳しいものに変化している。
「最初のうちは冗談かと思った。だけど、そうじゃなかった。光は何の悪気もなさそうに僕に耳打ちした。
――本当にいい人ね。私も、好きになっちゃった。きっと明よりも。
って。
僕の恋心よりも、そして――僕という入れ物よりも。
思春期に近づくとさすがに、生まれた頃からのように始終べったり光がいることはなくなった。中学に入ったらますますそうなって、光が出てきて二人になれるのは夜、眠りにつくかつかないかという頃だけだった。きっと僕にもそうだし、光にもそう――自我が生まれて、成長していたから。
そのためプライヴェートな時間を持つ必要が出てきたんだ。
僕はさっきも言った通り、その頃は子供だった。
そう言った光に対して、大人である今じゃ考えられないくらい猛烈な勢いで憤りを抱き始めた。
醜いものだった。
幸いと言うか何と言うか、その感情は僕だけのものだったから、光に気づかれずに済んだけど。
大体光も子供だ。あんなこと僕に囁いて、かっこいいとか思ってたに違いないよ、きっと」
その怒りは相当強かったのだろう。頬が少しだけ膨らんだ明は普段の明にそぐわない。それが妙に可愛らしく、私はつい頬が緩んでしまう。しかし、それこそ風船がしぼむように、明の表情は怒りのそれから悲しみに移行していった。
「光はもっとひどいことをした。僕の体を乗っ取ったんだ」
「……何だって?」
「信じられないだろう? と言っても、最初から信じられないような話をしてるんだけどさ。
光は実体を持たない子だから、何かする時は僕の体を使う必要がある。でも僕らは、僕ら二人でいれればよかったから、僕の体を使うことなんてそれまで一度たりともなかった。
外の世界に出ていろんなものに触れてみたいなんていう白々しい嘘をつけば、僕が警戒すると踏んだんだろう。
僕に一言も無く、光は僕を乗っ取った。
僕の、体なのに。
そりゃ、僕と光は二人で一つだったから、光のものでもあったかもしれない。
けれど僕らはもう十分、離れてしまっていたから――」
一度言葉に詰まった明は、取り乱していたねと一言謝り呼吸を整えた。私はそこで初めて、彼女が呼吸を乱していたことに気が付いた。それほどまで、話を真剣に聞き入っていたのだろう。
そしてそれほどまで、彼女がかつて覚えた怒りが本物であったのだろう。
「今日が十日だと思ったらそうじゃなくて、十一日だった。僕に一日分の記憶がごっそり抜けていた。
会長からは昨日はありがとうと言われる。記憶のない僕は何のことかわからなくて要領の得ない返事をしてしまって、恥ずかしかった。
記憶を抜き出す――いや、奪う、僕自身を、奪う。こんなことが出来るのは、光だけだった――
――何でこんなことをしたんだ!
――私も、……会長のことが、好きだから。一度、お話してみたかった。……だけよ。
――知ってる。だけど、今まで通りでよかったじゃないか。二人で片想いして、色々言い合って、それでいいじゃないか。
――それだけでいいの? ……明は、本当はもっと近づきたいんでしょう。会長に……。
――……わかってるなら、つまり、僕を出し抜いたってことだろう。
――……。
――何とか言ったらどうだい。そうなんだろう! 光!
そして、僕の体をいつかは乗っ取るんだろう! 僕を――僕を、殺して!
……そんな感じで僕は光に食ってかかった。だけど光は消えてしまった。だったらいいさ、次の日にまた不毛な言い争いをすればいい。そのうち仲直りでもなんでもするだろうさ。そう考えた僕は甘かった。
次がある、なんて」
「なかったのか」
明の返事はない。無言を、私は答えとした。私と明は互いを寄せ合って座っているが、互いの呼吸の音は聞こえてこない。ややあって、そうさ、と小さく呟いた明は一度両手で顔を覆う。再び見せた顔が少し違って見えた。どこか目の辺りが赤いのだ。