私は毎年一月三日に初詣に行く。昔からの習慣なので今更変えられない。行き先は繁華街からそう離れていない、この街の観光名所の一つにも数えられている有名な神社だ。雪はあの日突然襲った豪雪に比べれば勢いは弱まったものの、依然として視界を白に染めていた。年末年始で休みの人が多かったからか、わりと雪掻きや除雪は進んでいたが、それでもまだ雪が進行を阻む所もある。それを見る度溜め息をついた。しかしマスクをしているので、微妙な空気で作られた溜め息は私の元をなかなか離れない。辺りを舞う雪を少し見やって私は傘を広げた。
 いつも通りに、きちんと、あの時間に来るバスに揺られて街へ向かう。乗車していつも座る位置が空いていればそこに座る。無かったらいつも通り乗車口付近にあるポールにつかまる。今日は座れた。そしていつも通り、自分が降車ボタンを真先に押す。降りるのもいつも通り真先に降りる。街に着いた。少し腹ごしらえしてから神社へ向かおう。そう思ってふと目についたのがドーナツ屋であった。いつも通りだな、と思い信号待ちをしていたがふと一体何がいつも通りなのだろうと疑問が浮かんだ。
 信号が青になった時にそれは解決した。彼女が私といる時は、いつもあのドーナツショップに行くのである。それは彼女のルールであって、私のルールでは無い。だからここは別の店、もっと腹がふくれる所に行けばいい――と思ったが、信号を引き返すのは何となく気が引ける。そして渡った信号のすぐそこに件のドーナツ屋がある。微妙な体調のこともある。それに、私が行く店は、いろんなことをあらかじめ決めているというのに、それに限ってはいつも決まっているわけではない。ここでもいいじゃないかと私は扉を開いた。甘い香りが鼻孔をくすぐって、私は彼女といる時の温もりをふと思い出した。




 通りに面した席で、いつも頼むメニューを注文する。ドーナツ二つとコーヒー一杯。個人的に、ここのコーヒーは泥水で淹れたんじゃないかというくらいに不味いが、かといってカフェオレやソフトドリンクを注文する気にはなれないし、いつも通りにやらないといつもの調子に戻らないと信じたのは自分である。文句は言えまい。ぼうっと甘いドーナツを齧り、不味いコーヒーを啜りながら、街ゆく人々や空の様子を観察していたが、何か足りないという気分になった。皿を見ればいつも頼むドーナツがまだ半分残っている。コーヒーも半分程。いつも着るコートで、いつも座る席。一体何だろう、と思えば、何ということは無い。彼女の存在であった。彼女か、と私はドーナツを咀嚼しながらその存在に少し想いを馳せた。

 私のきっちりしている、あるいはきちんとやらなければ、この通りやらなければすまないという性格とは違い、彼女はわりとゆるやかな性格をしていて、特にこれといった決まりやこだわりを持たない子で、どちらかと言えば周りに流される傾向にあった。彼女が頼むメニューは、一巡することはあるけれどもいつもランダムだったし、新メニューはこぞって注文していた。カフェオレ、コーヒー、ソフトドリンク各種と飲み物も一定ではない。カラオケも、私は決まった歌から始めるが彼女はその時の新曲だとか、ブームの歌を適当に選ぶ。ゲームだって私は決まった自機キャラクターを使うが彼女はいつも違うキャラクターを使う。店の選び方や、食事の仕方、服の着こなし方、他にもいろいろあるなと頭の中で並べてみた。喧嘩の原因である福袋の件も、多分二人の性格の違いに起因するのであろう。

 しかし、よく考えたら行動を読まれやすいのは私の方だな、と苦笑してしまいそうになるが堪えた。どうしてかはわからない。ただ心に湧いた漠然とした想いを述べるなら、何故か彼女が隣にいないのが、笑うのに不自然な気がしたのだ。そして彼女と今まで付き合ってきた自分が、そういう性格の面において、彼女とは不釣り合いだった、という気もしたのだ。冷静に考えてみるとそれが一番、笑えない理由のように思えた。ドーナツを食む。もともと甘いものはそれほど好きでないが、彼女といる時に比べると特に美味しいとも思えない。

 店内が混んできた。このドーナツ店も福袋が売っているからそれ目当てで来る人もいるのだろう。雪は依然降り続いているし、三日とはいえ神社はまだ混んでいるだろうが、いい加減こんな所に男が一人でいるのも少し恥ずかしい。食器をいつも返す場所に置いて店をあとにした。



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