「なあ、実験の話だけど」
「え? ああ、そんな話してたわね」
「猫ってあんまり実験台にされないよな」
「そうね」
なんか不吉な感じするものねと私は何度か頷く。実際のところどうなのか知らないけど。
「だいいち可愛いもの、猫って。犬より好きよ」
「俺は犬も猫も好き」
そういう人は多いけど、本当は少しの差で犬が好きだったり猫が好きだったりするだろう。みんな嘘つきだ、と私が思った時にぼたんはとても当たり前のように言う。
「だけど、こころが一番好き」
呼吸するように、自然に馴染んでいる。
何度も、聞いてきた言葉だ。動かされまいとしている言葉なのに、やっぱり心臓に悪い。
「何よそれ、私は犬や猫と同列ってこと?」
「違う、本当に、いっちばん好きなんだよ、ご飯よりも」
やれやれと肩を竦めた。やっぱり何度も聞いた言葉。
いつものぼたん。向こう側へ行かないぼたん。何も知らない、疑うこともしない。
向こう側とかあっち側とか、どうなってしまうかとか、そんなこと全く考えてもいなさそうだった。そうだから逆に危険なんだけれど、私にはそれがやけに羨ましく見えるのは、どうしてなんだろう。
ぼたんだったら、何も失わないかもしれない。
向こう側もこちら側も、そんな境界を消してしまうかもしれない。
「あ、あの星きれいだな、ほらこころ、あれ」
もしかしたらもうそんな区切り、とっくの昔に無くなっているかもしれない。
私とぼたんは、一緒に立っているんだ。
あの三人のように死なないし、独りにもならない。
(何も失わないかもしれない、悲しいこともないかもしれない)
そんなの嘘だけど、ぼたんとだったら、あるいは。
(……ってそんなわけないんだけどね)
何でそんな幻想を抱いたのか、頭が痛い。すっかりぼたんのペースに自分が乱されているじゃないかと思い、嫌気がさしたけれど、私はぼたんの指先に光る星を見上げた。隣を見れば、ぼたんの輝く瞳がある。私の乾いた目とぼたんのその目、どちらがあの哀しい犬に近かっただろう。
だけどそんなことは、もうわからないのだ。
(了)