「なーに朝からいい雰囲気出してんだ」
 そう言ったのは与一で、軽くスピカの頭を小突く。違いますとスピカは口を尖らせた。
「カーレンが――ちょっと気になること、玉梓に関することを教えてくれたんです」
 後から来た者達にはオーレも加わっていた。何食わぬ顔で海を見ている。スピカはオーレを見ながら、カーレンが再び話す内容に集中する。話は聞いていてもこちらの方をオーレは向こうとしない。
 ふうん、と皆が皆、複雑な顔をした。もうチルチルもシュリも虐殺の話を知っているようだったので、わりとすんなりと話は進んだ。
「わたしも」
 ぽつりとチルチルが呟く。先ほどの明るさはどこかへ身を潜めた。
「――奥さまも、その玉梓っていう怨霊だったわ。でも――でも、わたしには、優しかった」
 目を伏せる。華北でも思い出していた過去に、彼女はしばし意識を飛ばしているのだろう。彼女の涙の記憶を目に映したニコや太望らは、同じように目を伏せた。
「――お母さんみたいだったわ」
 言葉の端は少し涙が色付けしている。
「ああ、そういえば」
 しめやかな場に、シュリは何かを思い出したように別の色を点じる。
「玉響が、あたしを逃がした時に……えっと」
 シュリは左手で頭を抱え、その時聞いた玉響の、遺言のような言葉を手繰り寄せた。
「太陽の姫の子供達であると同時に……えっと、妾の子、って。そういえば、声が変わっていたのよね。女の声に」
 玉梓の声だったのかしら、と付け加えた。
「あとは傷ついても助けてしまう、だったかしら、何とか言ってたわね」
「ああ、なら、おれからも」
 信乃は小さく手を上げた。
「花依姫が妙椿に捕まっていた時、誰かの霊を降ろさせようとされていたんだ。十二人の名前を、妙椿は言っていたんだって」
 花依が信乃を見つめながら言った言葉が――玉梓は本当に悪い人なのでしょうか――次第に確かな形を作りつつ、信乃を圧迫する。
 その花依の言葉が全員に届いたと思わせるように、十二人はそれぞれ顔を悲しげに、そしてやりきれない感じに歪めて、俯いていた。

 やがて花火が言う。

「どうやら、玉梓とのことに決着をつけなきゃいかん時が来たようだな」

 懐から彼は自分の珠を取り出した。珠はようよう明るくなっている浜辺に負けじと、光出している。
 十二人はそれぞれの珠を手のひらに乗せた。
「三十年以上も、前のことにな」
「――すべての因縁に」
 スピカはそう呟く。

 ある者は親を殺され。
 ある者は愛しい人を殺され。
 ある者は自分の手を血で汚していた。

(……じゃあ、オーレさんは?)

 スピカは己に問う。だが、知らないことは答えられない。

 オーレは何を呪いとしているのだ? スピカは何も知らなかった。
 彼は何故ここにいる。妻も子も自分も五体満足でいる彼は、何に苦しんできたのだろう?

 オーレを見ようと、スピカは顔の向きを変えた。しかし、よく見えない。俯いているというわけではない。
 水平線の彼方から光が溢れてくる。全てを覆い隠す、強くて、抵抗する気すらも失わせる、黄金の輝きだ。
 夜が明ける。


 十二の珠はそれぞれ、光を増した。


    5 
プリパレトップ
novel top

inserted by FC2 system