「――おい、どうした?」

 李白達は談笑しながら進んでいたが、やがてスピカがついてこないことに気付き、彼の方を向いた。その時にはもう、スピカは再び海の方を向いていた。

 東の空に、何の星座の星かわからないが、確かに一つの星が現れていた。その星の方にスピカは視線を集中させた。
 突然、海上に予期しないものが現れた。スピカの肌や白い砂浜や青い海水を赤く照らす、真紅の火の輪が丸い闇を抱えて現れた。

 闇から、白い手が伸びる。
 ただの白い手ではない。
 運命の赤い糸のような刺青が刻まれた手だ。
 その手の主を闇は海に吐き出した。

 金の髪、白い肌、そこを走る赤い刺青、桃色の衣――


 赤い目。


 スピカは海に走り出す。赤い目の少女も海を蹴って走り出す。
 その赤を涙で滲ませて、そして叫ぶ。


「――スーちゃん!」


 叫び終えた時、スピカの待ち続けた姫――カーレンの体は、強くスピカに抱きしめられていた。
「どこ、行ってたんだよ――」
 初めて、カーレンを抱きしめる。不器用だろうか、苦しくないだろうか、そんなことを考える暇もないくらい、ただ抱きしめる。
 ただカーレンを傍に感じていたかった。かつてない、衝動だった。
「ごめんね、いなくなったりして、ごめんね」

 カーレンは言う。ずっとそこにあったただ一つの希望に、胸を熱くし、高く鳴らしながら。そう感じていることをスピカは知らない。けれども、自分と同じようにそうであればいいと、スピカもまた願っていた。

 そう。二人は今、全く同じ気持ちでいた。

「心配したんだぞ、本当に」
 スピカの声は徐々に涙色になる。
「生きてて良かった」
 カーレンの耳元で、そう呟く。

「カーレンが、生きてて、良かった」
「……スーちゃん」

 あ、ああ、と、カーレンから漏れる音はただ嗚咽だった。

「うん……うん!」

 その言葉がカーレンをさらに優しく、しかし強く抱きしめる。
 カーレンはただただ目を丸くしていた。これ以上ない程涙を流したというのに、まだまだ涙は流れ出る。――そう、今まで沢山、自分は涙を流してきた――カーレンはぼんやり思う。

(なのに、何でだろう)

 この時カーレンは初めて人前で泣いたような気がした。そしてその涙の数だけ未来で強く生きてゆける力があると、力になると――スピカの胸の中でそう、感じたのだった。

     6
黄の章(上)第八話に続く
プリパレトップ
novel top

inserted by FC2 system