「私は……」
言葉にして、事実として受け止めようとした。
「スーちゃんが……スーちゃんが、目を、覚まさないから。
スーちゃんが、怪我して……」
カーレンの体に、先ほどの震えとは違うものが走る。悪寒だ。自分で肩を抱いても、震えは止まらず、涙も止まらない。
「だから私はお姉ちゃんを――」
返してと、叫んで刺したのだ。
あざを戻すためでも、玉梓の化身だったからでもない。
あんなに怖がっていた境界を超えた原因は、すぐ傍にあったのだ。
「――なら、カーレン。あんた、
大切なこと、忘れてたのね」
カーレンは頷いた。彼が原因なのではない。自分勝手で強情な欲が全てを決めてしまった。
「あんたが本当に望んでいるのは――」
だけど、そうまでして選びたかった。
棄てたわけではないけれど、今のカーレンはスピカを選んだ。
「マーラに囚われる過去じゃない。
スピカ君と生きる未来なのよ」
時は、運命など関係なく、流れていく。手にするものは未来しか無い――過去はいつだって零れていく。
肩を抱いていたカーレンの手はおもむろに左足首に移動する。白い足首にあるいつかの可愛らしいおまじないの黒い紐は、スピカが結んだその紐は、何よりカーレンの体に馴染んでいた。ひょっとしたら、蟹座の紋章のあざよりもずっと自然に。
触れれば、どこかで彼と繋がる。
暖かい何かが、再びカーレンに込み上げてくる。
手を出せば、繋いでくれる。
少し強めに握れば、握り返してくれる。
互いの息がかかる距離に、気が付けばいつもいた。
(いつだって――いつだって私、スーちゃんのことを、想っていたんだ)
込み上がってきた熱は、涙となって現実に姿を現す。
彼のことを想うのは、もうカーレンにとっては自然過ぎた。
「いつのまにか、こんなに大切になってたなんて、知らなかった――」
傍らのシュリは黙って聞いていた。カーレンはその優しさに有難さを感じつつ、膝に顔をうずめ体を熱くしながら、ただその大切さに酔いしれた。
――カーレンが齎してしまった「姉」という存在の死は、確かに今も前にある。カーレンが生きていく限り、消えることはない。
そこを乗り越える。その強さ。忘れない心。そして新しい生。
いつかスピカに語った自分の信念が――忘れかけていた今更のような柱が、カーレンを徐々に癒していく。
「――もう少し生きていたいの」
そんなカーレンの体には強い願いが芽吹いていた。花開く時は、願いが叶い、もう一度笑顔になれた時だろう。
「こんな私だけど、もう一度スーちゃんに逢いたいの」
カーレンはようやく、大きく顔を上げた。
シュリの知らない世界で、カーレンは一つの希望を――千の闇を光に変えるそれを、幾多の生と死を見つめてきた巫女はついに、自分だけのたった一つのものを手に入れたのだった。