「死んでないよな……」
儚い願い事のように思える言葉を、思わずついてしまう。
「死んでないよな、まさか、ここまできて……」
項垂れる。しゃらんと降りてきた自分の巻き髪の影で視界が暗くなった。しかし、スピカの目から逃げ出した涙だけはその中で恒星のように確かに光った。
(頼む。生きていてくれよ)
左手首には、もう当たり前に馴染んでしまった黒い紐が確かに結ばれていた。
(僕は約束通り無事に帰ってきたぞ)
ぎゅっとその紐を右手で包む。
目をつむる。涙が絞りだされてくる。右手に熱い雫がいくつも落ちた。
(生きていてくれ)
まぶたの裏にいつも見ていた笑顔が、光が射すようにぱあっと甦り広がった。
(僕のことは、止めたくせに――)
思わず、口から想いは飛び出す。
「お前だけ、先に行くなよ!」
「っ、スピカさん?」
意外な人物の声がすぐ傍でしたので、スピカは目を丸くして顔を上げた。太望だった。
背後の方で彼は申し訳なさそうに笑っていた。和秦では見慣れない型の傘をさしている。
「大分濡れたじゃろうし、着替えと、それから飯と、ああ、あとあの小屋が雨宿りにはちょうどいいんじゃないかと思って――」
申し訳なさそうだったそれは、段々と照れ笑いに変わっていく。スピカも、夢から醒めたように、それを確かめるかのように目を何度も瞬かせた。太望にはよくある笑いだったが、ひどく新鮮に見える。涙を流したせいだろうか。
泣いていたことは、ばれているだろうか。雨と涙が混ざってしまって、遠目にはわからなくても、こう近いと目の潤みがわかってしまう。
「ありがとう、ございます……」
そう思いながらも着替えを受け取り、スピカは礼をするようにほんの少しだけ、笑った。切なさと照れと感謝が混じり合った、ぎこちないものになっているだろうと内心恥ずかしく思った。――笑うのは、まだ苦手だ。
「――大丈夫じゃ」
太望は彼の肩を、優しく二度叩く。そして、太望はその笑みをずっと忘れないようにしよう、と穏やかに誓った。