スピカが朝目覚めると、カーレンがいなかった。起きたばかりの花火達とすぐ捜索を開始したが、見つからなかった。オーレも同じように失踪し、姿はどこにも見えなかった。結局、カーレンの家に戻ってきてしまう。
「――雨が、降って参りましたわ」
 スピカが起床した頃から空はその青を隠し、白くくすんでいた。病に侵されたように灰色に濁っていき、ついに泣き出す。
「ハーツさん、何か感じないかのう」
 ううんと、老婆は唸った。
「あたしも年だからね――ひどく弱く感じる……。どこかにいるとは思うんだよ」
 だけどこの島とは限らないねえ、と苦々しく告げた。
 スピカはハーツの声をよそに、窓から景色を眺める。蒼天はなく、陽の光は厚い雲に頑ななまでに遮られ、そのくせ何かに繊細に悲しむように雨はさらさらと降っていた。雨音は耳に心地よかった。けれども、ちっとも穏やかになることはない。

 どこにいる。

「おい、スピカ。外は雨だぞ」
 花火の声をふりきりスピカは雨の世界へ飛び出した。雨避けの傘や合羽などはない。冷たいのかぬるいのか判然としない雫はスピカの体を、どうしてか優しく、包んでいく。

 港へ行った。朝でも人の出入りが多く、賑わっている。しかし赤い刺青を全身に背負った娘はいない。
 市場を駆けた。いつもなら昼時に向けて品出しの準備に追われている頃であろうが、今日は雨の所為か人は少ない。だから金の髪を風に靡かせた白い肌の娘もいない。
 共同の洗濯場にも、桃色の衣を纏う娘はいない。

 どこにも、スピカが探す人物の影はない。ただ雨がかつて彼女が踏んだ土や道を無情に打ちつけていく。

 火の島中を巡った。そうしている内にもう正午を過ぎた頃になっただろうか、とふと思う。雨の温度はもう全く気にならなくなった。スピカに降る雨は、最後の場所へと導いた。

 昨日、大量の血が舞った浜。
 多くの人の死骸を焼いてきた浜。
 スピカとカーレンが、出逢った浜辺。
 スピカは水平線に目をやった。

 ――ここで一人ぼうっとしてると、幸せの島に、死者の集まる島に、自分もそこに、行きたくなる。

 かつてのカーレンの言葉だった。その言葉の通りスピカは海の向こうに惹かれた。あの時は恐ろしい程、彼岸へ渡りたかった。父が母が姉が、自分を呼んでいる気がしたのだ。
 しかし、今はその衝動が嘘だったように――向こうへ行きたいとは、思わない。
 運命のことなどどうでもよかったのに。
 まだスピカはここに残っていたいと、そう思っていた。

 カーレンはまさか、ここを越えたのか。

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