北の国の赤い姫



 真っ白な道が、眼前に広がっていた。

 周りに舞うものも白い。粉のような、花びらのような、羽根のような、あるいは魂のような、様々な形で地に降りては、白い道を更に眩く白に染めていく。

 カーレンの吐く息も、白い。

 数歩、歩いた。冷たさがたちまちカーレンを抱え込む。熱い火の輪の中に広がる闇の向こうにあったのは――そんな、白い白い、世界だった。

 どこかで見たことのある屋敷が霞んだ視界に見えてきたところで、カーレンは白く、全ての熱を拒絶する道に崩れた。















 長い時間がたったような気がした。
 次に見えてきたものは、暗闇だった。
 白さも冷たさもまるで無かったものにされている、閉ざされた闇だった。何百もの夜を重ねた世界にカーレンは浮かび、そして目線の先に何かを見つける。
 ぼんやりとした人の形が、闇から抽出された。滲むようにそれは徐々に形をはっきりと表していく。
 薄い青色の、様々な曲線美を描く長髪。華奢な体。青白い肌。
 ああ、スピカだと、カーレンは気付く。後ろ姿だけでもわかる。カーレンは、もう長いこと彼と一緒にいたのだから。彼と一緒に、様々な風景を見、言葉を聞いたのだから。
 姿ははっきりしてきた。しかし、彼はこちらを振り返ってカーレンを見ようとしない。彼は彼女から、ゆっくり遠ざかる。

 ここに自分がいることに、気付いていないのだろうか――

(待って)

 手を伸ばそうとする。だが、感覚だけで手は伸びない。声も同じように出せない。何度も何度も無いものを出そうと彼女はもがくが、そうしている内に、彼女の想い人はますます離れていく。

(待って、スーちゃん、行かないで)

 スピカの形は、カーレンの想いとは裏腹に、霧に隠れるように黒く、闇に同化していく。
 もう、戻ってこないように。


(行かないで!)






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