姉だ姉だと言い、懐いてきたけれど、マーラは――姉なんかじゃなかったのだ。


 カーレンの亡き母に代わる、母だったのだ。


 その考えに行きついたカーレンの頬は、うっすらと濡れていた。過去に戻って、母と呼びたかった。あたたかな体に抱きつきたかった。匂いを感じたかった。ただ、逢いたかった。今でも、今すぐにでも。

 でも、もう、いない。
 殺してしまった。
 カーレンが、殺してしまった。
 マーラも、想い出も、何もかも。

 その正体が玉梓であろうが何であろうが関係ない。思い出や思い込みは考えが変わらない限り生き続ける。マーラはカーレンが、殺してしまった。

 全て、何もかも、自分が壊した。
 悪いのは、どこまでも自分だ。
 死ねば――

(死んだら――)

 そんな資格は、無いというのに。
 親殺しの自分に、そんな尊い願い事は、過ぎたものでしかないのに。

(死んだら、逢えるかな?)

 そう思わずにいられるほど、カーレンは強くなかった。
 ここに、生と死を見守ってきた優しく穏やかで強い巫女はいない。

 ただ一人、哀れで弱く、脆い少女がいるだけだ。




 突如、海上に真っ赤に燃える炎が現れた。突然のことに彼女は息を飲む。炎は輪になる。輪の内側はどうしたことか、真っ暗闇だった。
 カーレンはその火の輪をぼうっと眺める。暗闇はただ自分を呼んでいる。

 何故なら、懐中の珠が、赤く共鳴しているから。
 自分を救おうとしてくれているのだ、この珠は。

 それにしても、この珠は――
 何の珠だっただろう?
 運命とは――仲間とは――何だっただろう?
 カーレンは歩いていく。
 何も考えずふらふら歩いていった。


 青い髪の、美しい青年のことも、忘れて。






 そしてカーレンは暗い海に入り、火の輪に手をかけた。その瞬間、ぼうっとカーレン全体が炎と一体化したかと思えば――闇に呑まれた。
 夜はまだ明けそうになく、それなのに、たちまち火の輪は消えていった。



   
黄の章(上)第六話に続く
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