「オーレさんは……」
目を逸らさず、赤い狂気の瞳を見つめていた。
仇と同じ目をしている。急にスピカは、自分とオーレが初めて出逢った日を思い出した。
オーレの言った通り、スピカは人を殺し過ぎた。慈悲深い太望やニコなら、殺された人々を憐れに思っていただろう。
正義感に厚い与一なら憤慨しスピカに張り手一発どころではないだろう。花火なら冷徹な眼差しを腰に差した刀よりも鋭く向けるだろう。他の人々もそれぞれ似たような行動をとるだろう。
そしてスピカに大罪として背負わせ、罰として、置き去りにして身捨て、犬死させただろう。
でもオーレは、手を放さなかった。
スピカを生かした。
生きて、生きながらえて、スピカはカーレンと出逢った。
いつだって彼は、そうだったに違いない。
一番初めに運命に足を踏み入れた彼が、いつだって誰だって生かしてきたはずだ。
許してきたはずだ。
それなら彼は一体、誰に許されるというのか。――簡単なことだった。
だから、スピカは言う。
「オーレさんは、僕らの大切な兄だ、仲間だ」
マーラは声に出して嗤い、すぐに打ち消す。眉を歪め、忌々しげにスピカを睨んだ。
「大した言い分ね。大切? この凶悪な獅子が?」
軽蔑の眼差しをオーレに向けてマーラは続けた。オーレは黙っていた。苦しく、厳しい顔をしていた。
「この男がしてしまったことを知ったら、いくら大切に思っていても、どうかしらね。
あなたは彼を嫌い、軽蔑して――追放してしまうかもしれないわね。そうに違いないわ」
「そんなことは」
オーレは、しなかった。ただの一度も。
「そんなことは――どう思うかなんて、僕ら自身が決めることだ!
お前の決めつけることじゃ、無い!」
スピカの熱い想いが叫ばれて、その場にいた者の心に強く強く、響く。
花火にも、李白にも、太望にも、そしてオーレにも、それぞれの大きさで、それそれの色合いで、鐘が鳴ったように、響く。
カーレンにもまた、響き渡る。
「……スーちゃん」
その音が、色調が、よろよろとだが、彼女を立ち上がらせた。
オーレは何を言うでもなく、泣くでもなく、ちっともその場を動かない。
スピカはマーラの赤い目を、恐怖に耐えて睨む。
目を逸らしてはいけない。冷汗は流れる。鳥肌も立つ。足も震えるだろう。だけど、逃げない。
逃げたことは、一度だってないのだから。
マーラは面白くも何ともないように、ふんと息を吐く。
「くだらない。あの姫のような目をして――」
ぎり、と彼女の歯が鳴った。
「目障りだわ」
一際明るい紫の光がマーラの両方の手から零れたかと思えば、音もなく光が一瞬のうちに強くなった。
見るもの全ての視力を奪うような、凶暴な光に、カーレンは目を閉じてしまう。
そして、目を開く。
紫の光刃がスピカを、襲っていた。
スピカの青い髪が、白い頬が、首筋が、右腕が左腕が、胸が腹が足が――肉体のあらゆる部分が容赦なく斬られ、舞うのは、紫の光に照らされた、されど真っ赤な血、だった。
カーレンの視界に、血の花が咲く。
奈落の底に咲くような、残酷なまでに美しい、赤い花。
スピカは砂浜に身を崩し、目を閉じた。血が赤く、やがて無垢な砂浜を黒く蝕んでいく。
カーレンは彼の傍で立ち竦む。
「……スーちゃん……?」
返事がない。
「スーちゃん……?」
大小様々な傷口からは泉のようにだくだくと血が流れている。
赤い。カーレンの目と同じ色だ。マーラの目も、同じ、赤だ。
スピカを呼ぶ太望の声がする。花火も李白も駆けつける。オーレは動かない。
周りのことがカーレンには空気に過ぎない程、何も、感じられなくなった。
誰に呼ばれても、スピカは――彼は、動かない。
「やだ……やだよ」
身を屈める。
「いやだよ」
自分が呼べば、顔を顰めていても、振り向いてくれる。
そうやってスピカが答え、近くにいるのは、不思議でも何でもない。
奪ったのは、誰?
姉を見据える。
涙で濡れた瞳で。しかしその瞳には――光が無い。
返して。
そして手にしたのは、不気味に光る刃物だった。
「スーちゃんを」
あの不器用でも、無愛想でも、暖かな存在を。
そしてカーレンは走る。
姉と慕った女までの短い距離を、全速力で。
返して。返して返して返して!
「スーちゃんをっ返してええっ!」
あんなに拒んでいた一線を、超える。
あまりにも突然に、あまりにもあっけなく。