翌日は澄み切った青空が美しい、晴天だった。これからの天気の崩れや様子など、誰も心配する余地がない。それどころか、昨日の戦いまでも本当にあったのだろうかと疑わせられる。
安房は暖かい国なので、冬を感じさせない。もう春が来ているのかと錯覚してしまう。スピカは太陽に目をやり、すぐに逸らす。
陽仁と兵士達、シリウスとそして、ついに揃った運命の十二人は今、瀧田城に向かっていた。体力の未だ戻らない花依は館山城に留まっている。
オーレはやはり具合が悪そうだった。カーレンの顔も、昨日の宴会の時は、平常通りのほほんとした顔だったのに、今は、船を下りた時と同じように、なぜか元気がいいと言えるものではなかった。
ようやく太陽の姫が復活せんとしているのに、二人の顔が揃って曇っていると、スピカも少々、不安になる。
「どうしたのかな」
シリウスの声がして、伏せがちだった顔を上げた。
「あ、シリウスさん」
彼のことを思うと、いよいよですね、と口が自然に動いた。シリウスは微笑する。
三十年間、彼は和秦を、いや世界を巡った。二十歳の時、全生涯を陽姫に捧げた。得られるはずの全ての幸福と地位を捨て、時間も捨ててしまった。
その努力が報われる。時間は彼に戻ってくる。
(不思議だな……)
運命も陽姫も、何もかもどうでもいいと、自分がそう思っていたのは確かだ。しかしカーレンと出逢い日々を過ごし、何かが解け始めていったのも確かに感じていて、そして様々なものを手に取って感じた。
命を感じ時間を感じ想いを感じてきた。シリウスの、運命に怨霊にもぎ取られた想いを、スピカは彼の隣にいる今、想いを通して触れている。だから、つい口が動いてしまったのだろう。
「確かに、いよいよ――だよ」
だがしかし、彼の返事は喜び以外の何かを含ませた口ぶりだった。
「しかしね。陽姫がここに戻ってきたら、私はね……」
シリウスは遠くを眺める。
「山に籠ろうかと思ってね」
「――山、ですか?」
スピカが横を向いた時、もうシリウスは顔を伏せてしまっていた。小さな声で彼は言う。
「――玉梓を殺したのも、十二人の子供達を殺したのも、全ての元凶は、私の先祖――辰川家なんだよ」
太陽に雲がかかって、スピカ達に影が降ってきた。風が吹いて、木々の梢が神経質な響きで鳴った。
「でも、里見の初代の殿だって」
「辰川家が巻き込んだようなものだ。
本当は、初代は最初、玉梓を助けると仰った。しかし、辰川家が反対した。彼女を生かしておけば、必ず国が滅びると。……確かに彼女は梓巫女として名が高かった。霊力だけでなく美貌も備わっていたのだから。
しかし――とんだ言いがかりだ。しかも彼女だけでなく、何の罪もない十二人の子供達まで殺してしまった」
二人は、調子よく進んでいく一団から段々離れて最後尾になってしまった。
シリウスの秘密の告白は、スピカの鼓膜だけを震わせていた。
「本来呪われるべきは、君達でも陽姫でもなく、私なのだよ。いや、もう十分呪われているだろう。
陽姫を助けられず、三十年も時を過ごし、残ったものは老いたこの身一つだけだ」
――辰川家はまだ続いている。家の断絶には響いていない。
しかし、それでも。
「玉梓と、十二人の菩提を弔ったところで、彼女は許してはくれないだろうがね。
だが、僧形の今――私のすべきことはそれのはず」
それだけを言い残して、シリウスは何もなかったかのように、進んでいく一行に溶けていった。
「あ……」
何も言えなかった。シリウスがそうしたいのならばそうすればいいのだろうが、里見にようやく光射す今――彼だけが闇に沈んでいくのはやはり悲しく、やりきれない。
(……これも、呪いのうちか?)
心の中で呟いても、勿論誰も答えなかった。