梓の願い 椿の別れ




 里見家の軍を庇うような幕が見えてきた。幕の外側にいた兵達はざわめき何人かが内側に入っていく。
 幕を真っ先に越えたのはシュリだった。しかしある所でその勢いを止める。彼女の隣まで走ってきた双助は、シュリが距離を保つ人物を見た。
 視界の中央に、里見家当主・里見陽仁がいる。他の兵達にはない威厳と鎧で、シュリは気付いたのだろう、花依の父親だと。自分や信乃と同じように、心配で気が気でなく、身を引き裂かれる思いであると。
 陽仁が駆け寄ってくる頃には十二人が幕の内に入っていた。陽仁の後ろからはシリウスが来る。

「君がシュリかい?」
「は……はい」

 よく来てくれたとシュリの来訪を寿ぎ、旅の疲れを労ってくれるが、シュリは目を合わせようとしなかった。いや、合わせることが出来ないようだった。
「どうした? シュリ、どこか」
「――あたしが、いけなかったんです」
 シュリは呟く。信乃達には強がって一瞬で引っ込めた後悔が、花依の実の父親を前にするといとも簡単に顕現していく。

「あたしのせいで――その、姫は……花依は……」

 シュリの体が揺れる。陽仁が彼女の肩に手を置いたのだ。しっかりしなさい、と優しく喝を入れる。
「こうなってしまったのは、珠に、姉上に頼りきっていた私達が悪いのだ。シュリのせいではないよ」
 過酷な戦場において、人の良い笑顔を見せる。
「それに、花依の話で聞いたシュリは、今のようなシュリではなかったぞ」
 それを聞き、ゆっくりシュリは顔を上げていく。
 花依はここに来ても、自分を忘れることはなかったのだと、当たり前のようでいて、しかし離れ離れになった者にとっては一途に切なく、嬉しく思えることが、シュリに確かな感動を与える。
 花依は、ここにいて自分を待っていた。いつもと変わらない笑顔をして、姫という身分になっても変わらずに待っていた。
 陽仁の瞳は、花依と似た輝きが確かに光っていた。

「珠に……十二人に頼り過ぎるのも確かによくありませんが、どうも力を借りなければ打開できない状況です」
 シュリがまだ涙を流さないように目をこすっている時に、シリウスは重苦しく告げた。
「……三十年前の、安西家との戦いのようなのだ」
 三十年前、とそれぞれが心に浮かべ口にしたりもする。





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