黒雲ふたたび




 里見国の港に到着するまでに、妖しかった雲行きはますます陰りを深めていった。幸いにも雨は降らず嵐にもならなかったが、波が荒く、船は相当揺れた。常に不安定なまま、港に一行は降り立つ。

 スピカは空を見上げる。空は昼間だというのにこれ以上ないくらいの陰鬱さに沈んでいた。華北へ出発する前、囚われの陽星を救出する際も、似たような天気だったと思い出す。

 何か、不吉なことが起きる――いや起こっているのかと俯き、自らが立っている橋の木目をただぼんやり見る。

「ついにここまで来たか」
 皆この怪しく、陰気な空模様に口を閉ざしていたが、闇を切り拓くように与一が言った。陽姫が放った十二の魂がここに集ったというのに、こんなに暗くて、先行き不安な有様だ。彼がそれを少しでも払拭しようとしている。非常に彼らしくて、スピカの表情はややほぐれた。
「わしやオーレさんはもう十年近くも旅してきたからのう。長かった長かった」
 そんな与一を見て嬉しそうに太望が続く。
「村でのんびりしていた頃は、こんなことになるなんて、本当想像もしなかったや……
 いつ村雨丸をお返しすることが出来るのかな」
「預かりものなのに、それを使い過ぎているような気がするぞ。もう、自分のもの気取りなんじゃないのか」
 ちがうよ、と村雨丸を一度取り出しまた鞘に戻す信乃にどうだか、と煙管の灰を気だるげに捨てる花火。

「自分だって村雨丸を横取りしたくせに、よく言うよね」
「お前、俺を怒らせたいのか」
「まあまあ二人とも。やっとシュリさんが来てくれたんですから、早く城へ行きましょうよ」

 信乃と花火が見えない電流を壮絶に交わし合う中、双助が入り後ろにいた女性陣を呼ぶ。チルチルと一緒に歩いていたニコ、しずしずと歩いていた李白と、彼女と何かを話していたシュリ。その少し後ろから、渋い顔をしたオーレが歩いてくる。何故そんな顔をしているのか。太望のように喜ぶべきなのではないか。まさか、自分と同じように不吉を感じているのか、とスピカは疑問だった。

 そして、最後尾にいるのは――赤い靴を履き、赤い刺青を全身に這わせ、桃色の衣を着た、赤い目の赤の姫。カーレン。とぼとぼと、こちらに向かっている。
 いつも彼女が身に纏っている穏やかさ、陽気さ、天真爛漫さが底をついている気がして、スピカはカーレンのもとへ急いだ。




1  
プリパレトップ
novel top

inserted by FC2 system