黄の章(上) 零




 一人の少女が、闇の中で泣いている。

 白い着物に、赤い袴。和秦の神社でよく見かける巫女の出で立ちであった。白い袖から出る二つの柔らかそうな、それでいて陶器のような白い手は、少女の顔面を隠していて、闇に響くすすり泣きの声だけが、少女の感情を表すただ一つのものだった。
「どうしたの」
 闇に、すすり泣く稚い声とは全く違う、しかし優しく頬を伝う、そうまさに涙のように潤いのある声がした。
「お母様――」
 少女は手を下ろす。顔はまだ俯いたままだ。姿なき声は、少女の母のものであるらしい。姿を見せない母に、少女は顔を上げた。
 きりりと一文字に結んだ赤い唇、闇の黒に近い鳶色の瞳が収まった目は少女らしく丸みを帯びていて、目元は腫れて赤い。髪もまた少女らしく二つに結ばれ、その結び目は何か呪術的な施しがなされている。
 眉を悩ましげに曲げ、彼女は言う。
「お母様、私、もう巫女なんて、やりたくない」
 声は誰が聞いても悲痛に満ちていた。少女の目元は湧き上がる涙で膨れ上がっている。瞬きを一つすると、珠のような涙がころころと少女の肌を転がっていく。
「とってもとっても苦しいんだもの。辛いんだもの。何度も倒れてしまいます」
 しばらく闇は沈黙する。母は長い沈黙を経て娘にどこか艶のある声をかけた。
「可哀想な娘よ――そう、あなたは兄弟の中で一番体が弱いんですものね。
 でも、その弱い体には、お母様と同じような――いいえ、私よりも瑞々しくて、神々しくて、――禍々しくて、威力のある力が秘められていることを、忘れないでいて」
 少女は言葉を聞き、反発するでも従順になるでもなく、俯いた。母の声によく耳を傾け、終わり頃ようやく小さく、頷いた。
「今は苦しくても、巫女としてあなたが生きてゆけば、多くの人の力になれば――
 その弱い体を造りかえることがきっと出来るわ。
 あなたがあなたを強くしていくのよ」
「――兄様や姉様と、お外でたくさん遊べるようになる?」
 少女はぽつりと、おそるおそる問うた。
 勿論よ――優しくそして艶やかで、そしてそれ故の妖しさのある声に少女はほんの少し目を細め、口の端を上げる。
「じゃあ、もう少し頑張る。お母様、私が倒れないように、おそばにいてくれますか?」
 すすり泣いていた少女はもういない。少女の顔も声も、いつしか年相応の、少女らしい健気で可憐な可愛さに染まっていた。
「ええ」
 そして母は姿を現し、華奢な少女を抱きしめる。

 長い黒髪、青白く美しい肌、紫の衣に、散るは黄色い花とも葉ともつかない植物。
 目は少女のように黒に近い鳶色だったが、一度目を閉じ、再び開く。

 湧き上がったばかりの熱き血潮の如き赤が、現れる。

「私の可愛いプレセペ――」



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