「私は、多くの者を操り、騙し、弄び、殺してきた」
もう玉梓の声に、呪いの色は無かった。
「オーレの父母も、チルチルの父母も、スピカの肉親も、花火の妹も――もっともっと、数え切れぬ程に」
陽姫は目を伏せ、でも、と紡ぐ。
「あなたはもっと、辛かったでしょう」
彼女は顔を上げ、花火や信乃、ニコ達と目を合わせ再び玉梓の方を向く。
「あの子達は私の子供達でもあるけれど、同時に、あなたの子供達だもの。
あなたはあの子達に、殺されたあなたの子供達を見ていた。呪うべき子供達でありながら、愛する子供達でもあった。――だからあなたはあの子達を傷つけ、呪うことはあっても――命を奪うことは出来なかった。違うかしら?」
玉梓は答えない。うわ言のようにただ彼女は名前を口にする。
「春霖、天雅彦、光陰、軒竜、真珠、金風、火梅、竹箕、垂氷、天塁、雷魚……プレセペ」
その名にカーレンは反応したが、何も言わず玉梓のその後を待つ。
「――あやつらは、確かに妾の子じゃろうな。しかし――あの子達は、もう、いない」
彼女の目を包む帯は水気を増していく。
「もう、妾の逢いたい子供達は――死んでしまった。
妾がいた為に。妾が、殺した。
十分に愛せず。自由にもさせなかったのに、それでも愛していたという――この身勝手さ。何が母親じゃ……だから、だから、妾を許してはいけないのじゃ。
血のような雫が、沁み渡り、やがては零れ落ちる。
涙。玉梓が流すもの。彼女もまた、ずっと隠し通していたもの。
「――お前になど、わかるものか……」
「そうね。きっと一生、わからない」
陽姫はいともあっさりと認めてしまい、太望やニコ、スピカも目を丸くする。
「私とあなたは、違う人間だもの。
あなたの苦しみはあなたのもので、私のものには出来ない。どんな人であっても」
そうかと、スピカは思う。この十二人も違う人間の集まりで、何を考え、想い、傷つき、生きるかなど、そう、わからない。
だからと言って、それは必ずしも悲しむべきことではない。誰に教えられたわけでもないが、スピカは自然にそう思った。
「でも――あなたの苦しさを、あなたの悲しみを、あなたの悔いを、
私は、想うことが出来る」
答えは陽姫が用意した。他人同士の十二人は運命の他に想いで繋がっている。
その想いを絆と呼ぶ。信頼と呼ぶ。友情と呼ぶ。愛と呼ぶ。
「私がいるわ――だからもう、楽にして」
陽姫は玉梓の包帯を外した。
そこに――涙で輝きを増した、睫毛の美しい双眸が現れる。
血のように、紅玉のように、赤い目だった。
「後悔するぞ。妾などを許しては」
玉梓は今なお涙を流している。その血の目で、陽姫を睨んで言った。だがその睨み方は、ひどく軽い。
「お前だけを――お前だけを呪い続けてやる。
老いもせず、死ぬこともなく。
永遠に悲しみだけを募らせ抱く体になるのじゃ」
その言葉は呪いの言葉だった。だが、不思議と恐ろしい感じは誰の内にも起こらなかった。陽姫も、微笑していた。
「それでもいい」
その言葉を聞いた玉梓は――笑った。
恐ろしい、妖しい、呪われた嗤いではない微笑が確かに浮かんでいる。
ああ、負けたと――いっそ痛快なまでにそう思った者だけが浮かべる、清らかな笑みだ。
そして、目を閉じた。
「馬鹿じゃな――お前という姫は、本当に……」
少しずつ――それこそ、夜が明けるように玉梓の体が消えていく。見えなくなっていく。それは陽姫に溶けていくように、また事実そうであるらしかった。陽姫も目を閉じる。
しばらくすると、もう二人は完全に同化してしまったようで、そこにいる赤い目の女はカーレンのみとなった。夜が終わり、朝になる。太陽が顔を上げるのだ。
ところが――苦しむように、陽姫は深く深く顔を下げていく。
「陽姫?」
カーレンが近付く頃には、陽姫の手の甲や服に涙の点描の跡がくっきりと見えていた。両手で陽姫は顔を覆う。それでも涙は地に落ちていった。
陽姫は叫ぶように――しかし、呟いた。
「知らなかった」
生気の無い声だった。
「あなたがこんなに悲しんでいたなんて、ちっとも……知らなかった……」
知らなかった。知らなかったのよ。
杭を打つように悔むその言葉が、その空間で聞いた最後の言葉となった。