太陽と姫と大地



 十二人は各々目を丸くして、日の出と共に現れた姫を凝視する。陽姫は気持ち良さそうにすうっと深呼吸をしてうんと伸びをした。
「三十年ぶりの、生の体だわ」
 少女の声である。十二人を護り玉梓の怨霊とも戦ってきた母なる姫は、その黄色の光のように活発で今にも飛び出していきそうな、それでいて重厚な威厳もどこかに感じさせる少女であった。
「みんな」
 中央の姫は一人一人と目を合わせていく。目が合うと自然とそれぞれに、笑みが浮かぶ。

「……ありがとう」

 そして、とびきりの笑顔で彼女は頭を下げた。

「――いいってことよ」
「そうよそうよ」
 隣合っていたシュリと与一は満足気だった。勿論信乃と双助も、ただ茫然としていたスピカも、どこか安心する。満足する。この少女とは、本来ならたった今出逢ったばかりというのに、その対面はあまりにも自然だった。何もかも打ち明けられそうなくらい、ずっとずっと付き合ってきた、そんな不思議な当然がここにある。
 自分達のしてきた今までのことが全て報われたような気分になる。そのことが全て良いこととは限らないのに、陽姫の笑顔を見ると、そうなってしまう、
「――それで」
 陽姫は笑顔を瞬き一つで隠し、真剣な表情で十二人を見回す。突如安心感は衰えた。
 そう、まだ何も終わっていない。まだ因縁に決着はついていない。彼女が次の言葉を口にしようとする、その時プリンセスパレスに十二人とは違う足音が響いた。
 スピカは振り向く。
 花依と陽星、そして礼蓮がいた。
「すごい光だった、ものだから」
 言葉を失っている弟たちの代わりに花依が言うが、彼女も陽姫に驚いているのは明白だった。何度も瞬きしている。
「伯母上、なのか」
 陽星の言葉はそれだけで彼の心臓の鼓動を伝えるようだった。
「ふふ、まだおばさんという歳じゃないけれどね」
 くすぐったそうに笑って陽姫は三人のもとへ足を運ぶ。そして小さな男子二人の頭を撫でた。しかし陽星の顔も礼蓮の顔も、どちらも不安の色が強かった。陽姫が不安にしているとは思えない。
「……こんな風に笑っている場合じゃないのよね」
 少し屈めた体を戻し、十二人の方を向く。ちらりと三人の顔を見てから、陽姫は言うはずだった言葉を出した。
「今、この里見家に、周辺の諸侯や管領が一丸となって戦いを仕掛けてきたの。陽仁はもちろん天狼――シリウスも兵も、何もかもがこの瀧田城から戦いに出てしまった」
 陽姫は目を伏せる。三十年前の記憶が甦っているのだろう。点と点を合わせるように、今と昔が重なっていく。
「戦いの火種は里見が持っていたから、いつかは起こりうる戦いだったの。
 信乃と与一は村雨丸のことがある。スピカは仇を討ったために、太望もその場から逃れた為に。花火もそう。双助も罪人として捕えられていたから――」
 次々とその火種をつまみ上げる。語られない過去を知ってか知らずか、カーレン達は男達の顔を見ていく。
「だけどその火種を燃やしたのが、玉梓よ」
 彼女は下を向く。かつて玉梓はここに立っていた。二人が出逢った時からこの戦いは始まっていると言うように。今もなお終わってはいない。
「玉梓を倒せば、戦いは終わる」
 強い希望を、あえて口に出した。
「もう三十年も時は経っている。時間の問題なのよ」
 陽姫は顔を上げた。それから礼蓮の方を向き目線を合わせた。緊張した顔の礼蓮は上目遣いで彼女を見ていたが、やがて父親のもとへ小走りで向かう。
「……どうしたんだい?」
 オーレは身を屈める。礼蓮はしかし父から目を逸らしたが、言葉は伝えた。
「――母上が」
 オーレの顔色が一変する。言葉の先如何によってはオーレの命がどうなるか知れないと周りが思う程、動揺した顔つきになる。
「雛衣がいなくなってる」
 陽姫が凶器であるその言葉を口に出した。オーレはすぐ姿勢を戻した。
 二つの獅子が向かい合う。陽姫の瞳が、オーレの瞳が、互いを貫く。

「ねえオーレ。あなたのことも時間の問題なのかしらね」
 そして女獅子は微笑する。スピカが知らないことを――誰もが知らないことを陽姫は知っている。
「……私は違うと思うの」
「そうですよ」
 オーレは危険を感じてか、陽姫の言葉を消すように強く言う。そして主導権を奪い取る。言葉の刃はどこに向くか解らないからだ。

「これは、僕の問題だ」

 そして彼は陽姫に背を向け、仲間に息子に、顔を見られないように深く俯く。
「――まあ、いいわ」
 その陽姫の言葉すら、何か毒を持っている。スピカにはそう聞こえた。
「それじゃあ、戦場へ出ましょう。きっと玉梓は、戦場の近くにいる」
 陽姫の体が光に包まれる。花依達に向かって手を振る。十二人の珠も共鳴した。
「お気をつけて!」
 花依が叫ぶとぱあっと光は一段と強くなって、そして消えた。花依達以外、そこに人の姿は見えなかった。
 礼蓮は指を組む。陽星は手を握る。花依は天を仰ぎ、空に祈る。空は半分程青く、半分程黒に限りなく近い灰雲が占めていた。

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