白の生き方
三人を取り囲んだ黒服達は真っ先に与一に襲いかかった。素早く風を切ってそのうち二人が各々の拳を与一に振るわせようとするが、それより早く、与一は二人の動きを見切ってひょいひょいとかわしながら、大砲のように相手の腹を殴り飛ばす。急所を見事に狙ったためか、相手は容易には起き上がれないようだ。
「! あっちの方にも火が――」
スピカは気付くと、この屋敷のほぼ全面に火が這っているようだとふんだ。与一は楽しむように黒服達を殴ったり蹴ったりしている。刃物を持っていても軽く足払いをして退けてしまうし、動きは風を断つ矢のようだ。獲物を確実に狙い、射止めている。
(屋敷には入られたか? 爆発的だったわりに、ここは火が弱いみたいだし)
「スーちゃん!」
スピカの後ろから二人、獣のように駆けてくる。手に白く光る刃が見えた。
スピカの目はぎりりと、張りつめた弓矢の弦のように鋭く変化し、重心を低く持ち、駆けた。そして殺陣が始まるかと思いきやひょいっとスピカは跳んだ。あまりに瞬間的なことで、黒の二人は戦いの緊張が途切れた。その時に、後ろにまわったスピカは盗賊の首根を強く、手刀で殴りつけた。
そして足を払って二人を沈ませる。
「すごーいスーちゃん!」
「二十年も生きてりゃこうなるさ」
つい最近、仇の一人は殺し損なったものの、もう一人と、その家臣共を皆殺しにしたのはスピカ自身であった。人を殺す感覚がじわりと浮き上がってくる。
底がない、どす黒い、汚れが取れない、どろどろした油のような、息が詰まる――あの感覚。
あの日、柳のような男を逃してしまった時に、急に薄れた感覚。
「ってカーレン!」
今度はカーレンに迫る黒い敵を見た瞬間にスピカは駆けだす。
カーレンはただの、ひ弱な十九の少女だ。陽姫の恩恵があったとしてもどこまで彼女を護ってくれるかわからない。スピカは駆けた。カーレンが振り向きスピカに背を向けた時、カーレンの右手と左手が光り、空気が急速に熱を持つ。
火の姫の足元、何もない地面から、火が噴き出す。
「何だ?」
「スーちゃん、大丈夫!」
面食らった黒の敵にカーレンは右手の爪を見せるように手をひゅっと出すと、火は実体を持った蛇や龍のように相対するものを襲う。
カーレンは火の姫。火の巫女。
「そうか。やっぱり――」
火を操る力を、彼女はしっかり心とその身体に秘めていたのだ。おそらく今、それに彼女は気付いた。そう思っている暇もなく、スピカにまた襲いかかる黒雲を彼は払う。
与一は敵を射抜く武士の矢のように力強く、スピカは蝶が舞い、蜂が刺すように美麗に敵を潰す。カーレンは戦を指揮する者のように手をかざしては敵の足元に火を放っては二人を護っている。
西対からも黒が出現した。金銀財宝がねこそぎ奪われているようだが、今戦っている黒服の一味ではない、よく手配書や人相書きなどで見られるような山賊風の男がやけに多い。
スピカの見立てでは、一味は肌が白く、和秦の着物類に似た――北の国・華北の黒い服を着用し、動きなどにも統一感があるが、山賊風な集団やそうではない盗賊の集団もいる。
「兄貴! 玄冬団じゃない奴らが!」
という声が聞こえた。遠くにいて動かなかった黒服の司令塔らしき大男が左手をふるって財物庫へ団員を移動させた。どうも向こうにとっても予期しない展開のようだ。スピカの推測では「玄冬団」という黒服の盗賊団が四、他勢力が六といったところである。
「火事場泥棒ってやつか?」
「文字通り、おそらく。――与一さん、ここはひとまず奴らの混戦にしておいて、池の方へ行きましょう」
「ああ。何かとんでもねぇことになってるみたいだな。
火事場な奴らは西だけじゃねえ。東にもいる」
そして三人は池の方に走ると、古びた札を何枚か口に当て思考しているオーレと、うなだれた李白と、熱風のなか冷たい無表情をたたえた花火が揃っていた。