満月に近い月が出ていた。しかし見ようによっては、欠けているとも満ちているともつかない、あやふやで頼りない月だった。

 渡殿をわずかな衣擦れの音を立てて渡る。月は白く、渡殿の木も白く見え、そして李白が纏う衣も白かった。
 月光は届いていた。しかし今の李白には光とは思えなかった。
 光のない、しかし真っ白な世界を歩いているように思えた。

 白い世界に、新たな白が加わる。揺れる、白い煙。
 花火が渡殿の途中で腰を下して煙管を銜え、煙草をふかしている。李白に気付き、彼は言う。

「こんな遅くにどうされたのです」

 花火のいる東対は不思議と人がいなかった。

「眠れませんくて」
「眠れませんか」
「眠れませんね」

 李白は花火の隣に優雅に座った。
 二人は同じ月を見ている。
「もうすぐ満月ですね」
「ええ」
「明るいと、逆に活動を控えるんでしょう」
「そうでしょうね」

 二人の会話は止み、間に静けさが遠慮なく割り込んでくる。その静けさが李白の心をゆらりゆらりとゆっくり揺らす。
「私は――」
 そして彼女の口を開かせる。わずかな声が、これから語り出す内容の重さを見事に示していた。それほど静かでか細く、しかし空気を重たく震わせた。

「私は妹に非道いことをしています」

 突然、そう告げた。告げねばならないと、李白は二人を包む冷たく静かな夜の世界で急に感じたのだ。
 天秤の一つの皿にだけ載せていた鉛を一つ、片方に載せるようだった。それでも尚、苦しい。
「詳しい事は申し上げられないのですが――自分や、家を、守りたくて、私は妹を……。
 あの子はまだ、若いのに――」
「俺にも妹がいました」
 李白は話している間伏せていた顔を上げて花火を見つめた。花火は李白の言葉をさえぎるように話し出したのだった。
「祝言をあげる前に、死んでしまいましたが」
「それ、は――お気の毒です」
 李白はそれだけしか言えなかった。花火の顔色は変わることはない。花火は外していた煙管を再び銜え、もう一筋白い薄雲を吐いた。

「――俺が殺してしまったようなものです」

 李白が一瞬息を飲む。その微かな音を、花火は確かに聞いた。

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