李白は、漆塗りの二階厨子の引き出しを引いた。黒い引き出しの中に白い珠がきらりと、ごく自然に光った。
 大事にてのひらの上にそれを乗せた。飴玉のようにころりと転がすと、天秤座の紋章がぼんやり浮かんでいた。オーレの言ったような形の紋章だ。天秤そのものであったり、西に沈む太陽のようであったり――
 李白、これはね――という母の声がからころと耳の奥で鳴る。まだ杜甫が、母の胎内で誕生を待っている頃だった。


 ……お母さんはね、夢で金星を見たの。きらきらした星を背に、一人の女の子が現れて――髪が短くて、あなたのような穏やかな顔をしていたわ。その子がひょいと私に白く輝く何かを投げた。
 ……夢を見た次の日にあなたがお腹にいることがわかって、そしてあなたが生まれた時、この珠がお山から出てきたの。海外から来ていらっしゃった学者様が、この紋章はあなたが持つ星座――天秤座を表していて、あなたのその右腕の白いあざもそうなんですって。
 ――だから、これはあなたのものよ。

 ぎゅっと手を包んでくれた、母の温かさがよみがえる。

 ねえねえお母様、こんど生まれてくるわたくしのきょうだいにも、そんな不思議なことがあるでしょうか?


 遠い日の李白は問う。母は微笑して娘の髪を撫で、次に膨らんだ腹を撫でた。李白は未来の妹が眠る人のゆりかごに耳を傾けまどろんだ。
 現在の李白はちっともまどろむことが出来なかった。


 李白こそが、花火たちの探している白の姫である。その自覚が確かに李白の中にあった。


 一度珠を握ってからもう一度手を開く。少しにじんだ汗でか細くきらきらと輝く。
 妹を犠牲にして守ったこの珠の真相を思い出しながら、またてのひらで転がす。
 その時ふと運命という言葉が浮かんだ。だが李白は考えることも、思い出すことも、いいかげんやめにしたかった。
 あの夜のことを思い出し、何度口内を洗ってもとれないような苦味が李白の気分をじくじく犯している。





 李白は珠を引き出しに戻し、薄着で御簾をくぐり、外に出た。宿直の者が李白をとめたが、構わないようにと静かに命じる。李白は宿直が定位置についたのを見届けるとそっと渡殿を渡る。

 2  
プリパレトップ
noveltop

inserted by FC2 system