母屋である寝殿に着いた。どの御簾も下げられている。しかし、この家に仕える女房達の着物の袖や裾などの一部が隙間から外に出ていた。それが美しく育てられた高貴な花のようで、見る者を楽しませる。
 簀子と呼ばれる通路にそのまま腰を降ろし、

「李白様。花火です。里見から参上した仲間のご紹介と、かねてよりのお話をしに参りました」

と西園寺当主に申し上げた。

 するすると御簾が上がり、一人の女性が現れた。
 白い指先、現れた白雪のような肌に、流れる蜜の如き黒い髪。
 杜甫と違い、額を大きく開けている。目は細く、しかし中心には四人をとらえて離さない瞳が丸く存在していた。
 十二単の正装ではなく、さっぱりして見える小袿姿である。
 赤い唇が上品に笑みを作った。


「ようこそ、京へ。わたくしがこの屋敷の主人の――西園寺李白ですわ」


 スピカ達は首を垂れる。再び目線を高貴な主に向ける。カーレンと李白が目を合わせた。
 李白は少し目を丸くしたように見えたがそれは一瞬のことだった。発掘したばかりの鉱物が見せる一瞬のきらめきの如きものだった。
 カーレンの方も、少し顔色が変化していた。
「カーレン?」
 スピカの小声で、カーレンにいつもの顔色が戻ってきた。花火に何かを感じたように、李白にも何かを感じたんだろう。カーレンは、スピカの方を向いてにこりと笑う。

「警備が厳しくて、息苦しいかもしれませんが――
 貴方がたもどうか屋敷を守るために尽力して頂けるよう、お願いしますわ」
 李白はそれらをゆっくり述べた。
「お任せくださいな。――しかし何故このような事態に」
 四人をまっすぐ見つめていた李白は少し伏せ目がちになった。花火は理由を知っていたので、彼女を見つめるのを止めて、目を閉じた。


「――妹の杜甫が、京を治める重役の一人でいらっしゃる左大臣殿と結婚することになりましたの」


「え」
 スピカは思わず声を漏らした。さっき見かけた、幼女と言っても問題ないような少女である杜甫。高貴という柔らかで金色に光る鎖に縛られたこの屋敷で、秋の風と共に駆けた前髪の幼い可憐な子が嫁ぐのかと思うと、スピカの驚きは自然に引き出された。
 李白は伏した目をそのままにしている。
「嫁入り道具に結納、結婚祝いとして献上する品を狙う盗賊が、最近京の都で多く出没しておるのです。ですから、このように、その日まで――」
「そうでしたか」
 オーレもなかなか深刻そうな顔をしているが、それをもたらした驚きは、声にも出そうとしない。


「それで花火さん。お話というのは」
 李白は話を切り上げ花火に話題を移す。花火はただ淡々と自らの置かれている運命の成り行きについて語り始めた。
 里見という国のこと、玉梓のこと、陽姫のこと、
 十二星座と珠のこと、姫のこと、ここにいるカーレンが赤の姫であること、
 一つ一つをゆっくり彼は語った。

「俺と与一がこの京に来たのは、西へ飛んだ白い珠を持つ白の姫の捜索のためです」

 そして花火は懐から透明な珠を出し、手のひらに転がした。それから、失礼と憚りながら左の肩をあらわにした。
 首筋に近い所にあざのようなものが浮かんでいる。
 乙女座の紋章の形と似ていて、蠍の表す記号がくっきりと茶褐色に浮かんでいる。

「俺やオーレさんやスピカの珠はこのように無色透明。
 そして、体には俺の肩のように、星座の紋章があざやほくろのように染みています」

 スピカはおのずから、右ひじに浮かぶ自分のあざを李白の方に向けた。オーレも自らの珠を李白に示す。李白は目がいいのだろう。体を乗り出して花火たちのそれらを見ることはなかった。四人と李白の距離はそれほど離れてもいない。しかし、李白が指を動かすことも、瞬きをすることもしない。 必然の一瞬がさっと訪れた。

「カーレンのように姫の場合、体のあざは有色――白の姫はおそらく白く浮かんでいます。
 珠には天秤宮――天秤座の紋章があるはずです」
「口では説明しにくいのですけれど、天秤座は天秤そのものや、西に沈む太陽を記号化したものだそうですよ」
「李白様の知り合いやご友人で――そのような特徴をお持ちの方はいらっしゃいますか」
 李白は何度か目を瞬かせた。そして、杜甫の話の時のように目を伏せた。該当者を思い出しているようだ。しかし、しばらく間を置いて李白は、

「存じません」

とだけ答えた。お役に立てず、申し訳ありませんと頭を下げた。


 そして彼女は、右の二の腕にそっと手をあてるのであった。


    5
第三話
プリパレトップ
noveltop

inserted by FC2 system