渡殿は思ったよりも長い。一行は庭の自然の美しさを眺めながら歩いていた。すると、花火さん、と明るい声が前方より届いた。庭に目を向けていた花火が視点を前に置く。少女が手を振った。
 白と緑が組み合わされた単重ねで、しかしまだ振分け髪のままで、短い前髪を初秋の風にのせながら少女がこちらに向かってくる。貴人なら立てるべきでない足音をどたどた立てて、お付きの女房達は肩をすくめていた。

「こんにちは。あら? このお方たちはどなた?」

 一行の中で一番背の低い少女は上目遣いでオーレを見つめた。
「関東、安房の里見からやってきてもらった、俺の仲間達です」
「まあ! 遠い所からよくお越しになられましたわね」
 悪気はないようで、少女はただ笑った。
「私は西園寺杜甫と申しますの」
 そしてしずしずと深く礼をする。
「李白様の妹君だ」
「初めまして、杜甫姫」
 とオーレに始まり花火以外は挨拶をそれぞれ申し上げた。杜甫は頬を染め、
「屋敷にたくさんお客様がいらっしゃるから、嬉しいですわ」
とはきはき告げた。少々、高貴からは外れている風に見える杜甫だが、その明るさやはしゃぎ様は高貴とまた違った光を放った。
「今から紅葉を見に行こうとしてたんですの。
 本当は遠出をしたかったんですけれど……お姉さまがお許しにならないんですの」
と残念そうに笑う。遠くに見える山々は早くも紅葉が見頃を迎えている。貴族なら、牛車に揺られ紅葉狩りをして歌の一首でも詠んだりするのが通例であろう。

 花火はふと、物足りず寂しそうな杜甫の横顔を見て、自分の妹を思い出した。妹の面影が揺れる。
 いつもの四人で里山を登り紅葉が鮮やかに最後の彩りを見せていたのを、四人で眺めた。
 年月が何枚衣を重ねても、その場面だけは必ず花火の目の前に甦ると、言わなくても信じていた。 しかし、運命は、花火の妹である花依以外をしっかり手中に収めてしまった。

 花依の命など最初から無かったように、運命の波は襲ってきた。

「花火さん? どうされました?」
 杜甫の声で、花火は暗黒の渦から何事もなかったように戻ってきた。何でも運命の所為にするのはよくないと思いながら、花火は大丈夫ですと返事した。
 太陽がそんな恐怖をもたらすことは無い。すべて、自分が悪かったのだ。


 きっとそうだ。


「ですから屋敷で一番きれいに紅葉が見える所に行くんですの。皆様もご一緒にどうかしら?」
「残念ながら杜甫様、李白様にお話がありますので」
「あら、そう。残念ですわ」
 言って杜甫は眉を寄せた。
「でもお姉様のところへなら仕方ありませんわ。
 またの機会にご一緒しましょうね! ではごきげんよう」
 また深く礼をし、笑顔を咲かせてから軽やかな足取りで杜甫は渡殿を通っていった。杜甫様お待ちくださいと女房達はのろのろついていく。

「李白さんも、杜甫ちゃんみたいな方なの?」
「いや。彼女は高貴で静かだ」
 そして一行は再び李白の待つ寝殿へ足を運び始めた。

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