靴を脱ぎ、
「何なんだろうね」
「そういえば、殿が用心棒とか何とか仰っていたね。きっと何かあるんだろう」
カーレンとオーレはそう言いながら渡殿と呼ばれる渡り廊下を進む。スピカが追いついてしばらく進むと、一つの御簾が上がり、中から男が出てきた。
はねたこげ茶色の髪で、一本長い前髪をさらりと垂らしている。落ち着いた色合いをした袴着のその男は、別段何もない風な目を二人に向けていた。
花火であった。
「お久しぶりです、オーレさん」
「びっくりした。花火君じゃないか」
「神出鬼没なのがとりえですから」
微かに笑った。でもそれは微笑と言うよりもうんと小さい笑いで、金に対する金箔のようなものであった。
「オーレさんは知っているが、すまない。名前を忘れてしまった」
「スピカです」
無理もないとスピカは思う。スピカが運命の流れに乗り、里見に来てすぐに姫探しに発ったのだ。スピカもこの男の名前を知らなかった。
「カーレンです」
「赤の姫か。俺は練馬花火という者だ。無愛想だが、よろしく頼む」
カーレンは笑ってよろしくお願いしますと言った。そして四人は進み始めた。
「無愛想なのはスーちゃんも一緒ですよ」
「悪かったな」
「一応言っておくと――俺は蠍座だ」
へえ、とカーレンは返す。
「夏の星座ですね」
「黄道上では秋らしい。――もう秋だな」
そう花火が結んだ時、少し冷たい風が足元を通った。池の向こうに見える紅葉は少しずつ色を変えていっているようだ。スピカは蠍座を、カーレンと眺めた夜のことを思い出す。
赤い星を秘めた星座。父母から聞かされた神話によると、巨人をその毒針ですんなり殺してしまった、女神から遣わされた蠍らしい。
スピカは花火の背中を見つめた。
スピカと出会う前に、彼はどのようにこの運命の流れに掬われたのだろう。
彼の背中から、真っ暗な場所が感じ取れた。
その中で、蠍の持つ赤い星――心臓のような星が瞬く。
燃えるように激しく、熱く、花火を動かしているのだろうか。
「スーちゃん。何してるの?」
カーレンが呼ぶ。スピカは彼女の隣に行き彼女の横顔をちらりと見た。彼女は上目遣いで花火を見て、同じように何かを感じ取ったようだ。感受性の鋭い彼女なら、自分が気付かないところも感じ取れるのだろうとスピカは思った。