あてなる金の宮



 練馬花火と屋島与一が現在逗留している西園寺家は、中島が浮かぶ大池を囲み、母屋である寝殿を中心に、住居である東対・西対・北対を渡殿で結んだ寝殿造りになっている。京ではよく見かけられる家の造りだが、ここ西園寺家では母屋である寝殿の後方が大きく、そして高く、先の部分が城の天守のようになっていた。西園寺家の所有する金山が見渡せる風になっているらしい。

 今日も月が高く昇り、その姿を巨大な人工池に映していた。中島が少なく、池の様子は地面が口を開いているように見える。その天守のような場所から見ればなおそう見えるだろう。
 寝殿の宿直を任された花火は煙管で煙草をふかし、白い煙を吐いていた。紺色の空に白く輝く星と月をぼんやり眺めている。そこに男が現れた。夜の闇に溶ける黒い甚平を着て、短く刈った髪形は星の色に近い、白髪のような銀髪だった。右目の下にある印が月明かりに浮かぶ。それは射手座の紋章だった。

「一人で宿直か?」

 彼が屋島与一という。月の光で笑った顔が見える。
 魔を貫く人馬宮、そして誠実な心を表す信の文字を、懐に持つ珠に浮かばせた男。

「寝なくていいのか」
「年中無休でも平気だぜ。昼間から花火に会えなくてよ、今来た」

 夜で、彼も声を小さくしているはずだが、やけに明るく聞こえるのは、自分に明るさが足りないからだろうかと花火は思った。与一は明るい男だ。自分達以外複数名いる用心棒とも、数刻もないうちに仲良くなっていて、さらにこの家の女房達からも好かれている。頼まれごとはすぐに、器用にやりとげてしまうし、体力もある。たいていの武器は扱えるし、柔術にも長けている。知識もそれなりに身についていて、優しくもあった。花火も武士の家の長男だったから戦いには無論長けているが、無口なところが与一に劣る気がしていた。与一は漁師の生まれで武家に養子に行ったという。しかし和秦離れしたその風貌は明らかに異国の血を継いでいるものである。

「オーレさんから手紙」

 与一は懐から手紙を取り出す。それは白いので夜の闇に月明かりとともに映えた。
「ちょっと前に里見を出て、もう堺・近江らへんについてるみてえで、こっち手伝いに来るってよ」
「そうか」
 ふわあっと、花火はまた白い煙を吐いた。
「赤の姫がついてくるんだとよ。ああ、あと美人の男も。まあ、三人来たからって白の姫が見つかることがたやすくなるってことはねえだろうけど、増えれば楽しいな。旅は」
「そうなのか?」
「そうじゃないのか。花火は自分の家臣とかが増えたらわくわくしなかったか」
「するけどな」


 だけどあの夏に、花火は主君も父も家臣たちも、乳兄弟も、そして妹も失ってしまってからか、失ってしまうことに対する恐怖がどうも肥大してしまったようだ。
 冷たい風が吹いた。花火の一本長く垂れた前髪が揺れた。与一の短い髪もさらさら鳴る。与一は、花火に無いような明るく誠実な信の心でそれに気づいたのか、何も言わずに、花火と同じ月を見ていた。

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