城門――里見家の入り口――が見える所に来た。何人がかりで押しても無言を貫くような堅牢な扉が、城内のあまたの命を守っている。門番がオーレの顔を見るなりにこやかな顔で会釈して、係りの者に門を開くように言った。
「やあしばらく」
「お疲れ様です」
 と、壮年同士は話し始めて、カーレンとスピカは門がゆっくり横へ、まるで幕が開くように開いていく様をぼうっと見つめていた。完全に開くとまた歩き出した。
 城内は広くないと、里見陽仁――陽姫の弟で、里見家四代目――は謙遜しているらしいが、やはり城は城で、少しの距離でも十分運動になるような錯覚をスピカが覚えるような作りだった。カーレンやオーレがどう感じているかスピカは知らない。

 もう少しで着くから、着いたら殿に挨拶しなければ――という話の途中、ぼてっと三人の目の前に何かが転がってきた。それは子供くらいの大きさで――しかし、スピカとカーレンがじっくり確認するまでもなく、それは人間の子供で、自力で起き上がった。あちこち泥だらけで、すり傷やその他の傷が頬に点在していた。そして大きな目――聡明で礼儀を重んじそうな――をしていた。そして咳き込む。
「きみ、大丈夫?」
 カーレンが真っ先に駆けつけ、背中をさすった。砂ぼこりが着物にやはり多くついていたのでそれも払った。スピカもかけよろうとして、ふとオーレを見た。オーレは妙に冷静で、だがにやにやと笑ってその子供を見ていた。スピカは思うところあって、その子を再び見た。子はありがとうございましたと頭を下げ、丁寧に礼をカーレンに述べている。そしてまた、オーレを見た。
「あの子――そうだ。オーレさんの! 思い出した」
「そうだよ」
 小声だったのだが、少年にはオーレの声が届き、

「父上! お帰りなさいませ!」
と元気に声を出して父の元に駆けてきた。すると向こうで、
「オーレか?」
と別の少年の声がした。
 生垣が邪魔でスピカもオーレも見えないが、カーレンはその存在を見ていた。

 やがて現れた彼は、オーレの息子よりも少し成長が早いのか、体が少年として理想的に大きく、顔も美しく、目は優しいがどこか強い目つきをしていた。髪はみずらをといたばかりのおかっぱでつややかな黒髪だが、立派な男の子である。

「若様。お久しぶりでございます」

 オーレは少年に対して体を曲げ、頭を垂れた。スピカはカーレンをひっぱってオーレに倣った。
 彼こそが里見家時期当主・里見陽星なのだから。
「顔をあげてくれ。そちらが姫か?」
 カーレンが顔をあげたのと、陽星がカーレンと目線を合わせたのは殆ど同時だった。彼の目は、太陽と星のようにキラキラしていて、カーレンの目はそれに負けない炎の赤を宿していた。
「伯母上に似ておる!」
 そしてぎゅうっとカーレンにしがみつくように抱きついて、スピカはぎょっとなった。オーレはそんな彼を面白がっている。
「初めまして、若様。カーレンでございます」
 カーレンもはしゃいで、笑顔で自己紹介をした。陽星も、あの聖地でぼんやりみえていた――今も見えているかもしれない――伯母に似たカーレンの出現に、満開の、これ以上ないくらいの笑顔だった。
「で、スピカだな?」
「は――はい」
 カーレンほど柔軟に対処できないスピカは体を強張らせた。
「スピカは城に来たとたん出発してしまって残念だったのだ。よく顔を見せて。綺麗な顔でたいへんよろしい」
「はあ……」
 子供らしい無邪気さのうらに、当主としてふさわしい威厳のようなものが
ひしひしと伝わってきて、スピカはやはり緊張してしまう。

「で、女というのは本当なのかオーレ」
「もちろん」

 緊張が、

「僕は男だって何回言わせりゃ気が済むんだこの狸親父ッ」

 緊張が――張り詰めた糸であるそれが、張り詰めすぎて――膨らんだ玉が割れるようにはじけた。陽星とオーレは互いに笑った。カーレンも、その狸親父の息子も笑った。

「そうだ若。また礼蓮相手に稽古ですか」
 もちろんと陽星は頷いて、オーレは息子、礼蓮のもとへやってきた。
「カーレン君、紹介するよ」
「はじめまして赤の姫様。司馬礼連と申します。父がお世話になりまして」
 少年・礼蓮はぴょこんとお辞儀をした。
「スピカ兄さまとは少ししか会えなくて、僕も残念でした」
 スピカは礼蓮を見た。なるほど、オーレの息子だけあって、ざんぎり頭や、利発な顔立ちや、落ち着いた眼差しなどは、少し父・オーレに似ている。
「そうだ。礼蓮はちっとも張り合いがないからいけない」
「でも、勉強なら若に勝てますよ、僕」
「よく言うのだ」
 と陽星と礼蓮は互いに笑い合った。
「父上もシリウスも三人を待ってるぞ。もちろん雛衣もだ」
 陽星は時間をむやみに潰してはならないという殊勝な心で三人を笑って先に促した。その顔は満足感で満ち満ちていた。それからまた礼蓮と一緒になって武芸の稽古に精を出し始めた。

「立派な若さまだねスーちゃん」
「ああ」

 そういえば、陽星もまた母を亡くしているのだったとスピカは思い出す。オーレの妻・雛衣が乳母(めのと)としての役割を十二分に果たしたのだそうだ。そして彼女の、つまりオーレの息子・礼蓮と陽星は乳兄弟ということになる。
 そのような事実がぽんぽんとスピカの頭に点火した。母を亡くしても太陽や星のようにキラキラ光るのは周りが恵まれているからとも、彼自身の持つ統率者としての器量からとも言えるなとスピカは思い、それきり考えることを止めにした。そしてちらりとカーレンを見た。カーレンは長閑な空を眺めながら歩いている。

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