姫の御座



 空には依然、青色の空間が、向こうに見える里見の城・瀧田城を包み込むように広がっていたが、カーレンの眼前に広がるのは、やや黄金色に近く、実りの色を見せ始めている稲穂たちの集う場所、田園風景だった。
 自分の故郷の地面である砂浜に色は近いといえば近いが――そこに宿る一粒一粒はまるで玉と石ほどの違いがあるように、カーレンは感じた。
「やっぱり、珍しいのか?」
 傍を歩いていたスピカは訊いた。里見家の領地に入り、城下町を通るついでに百姓専用の農業地、この香り豊かで生命が沸き立つような田園を歩き始めてから、カーレンはしばしば足を止め、動物のように辺りを見回しているのだ。
「うん」
 カーレンは振り向いて、スピカの顔をしっかり見つめて返事をする。スピカの、整った顔立ちで、一見男とは思えない麗しい顔。自分でもそれはわかっているが、何故か彼女に見つめられると、やけに恥ずかしい。スピカはいい加減な返事をして再び前を歩く男、オーレに従い歩く。
「カーレン君のところは食生活からしてちがうものな」
 とオーレは言って、風にさわさわ揺れる稲と案山子と、ゆったり進む雲を見ていた。
「――去年は凶作まではいかない、荒作だったけど、今年はおおむね良好のようだね」
 彼は二十歳の時、里見の姫・陽姫と十二星座を巡る運命に導かれて里見家の土地・安房へやってきた。以後十年、各地を転々としながらも里見に住んでいるも同然のオーレには、不作が――玉梓の呪いか――続きがちな里見の年貢米の今年の出来は喜ばしいことのようである。
「去年はどうだったんですか?」
「美味しくなかったんだよね」
 カーレンはそれをきいてふんわりと微笑した。
「しかし、そうかあ――」
 オーレは立ち止まり、道端に咲いていたヒメジョオンの花をそっと摘む。そして懐に入れる。しゃがんだまま、どこからか飛ばされてきた落ち葉を拾い上げて、ありもしない香りをかいだあと、切ない息でまた落ち葉を宙に飛ばした。

「もうすぐ秋、なんだねえ」

 スピカはすぐ落ちたその葉から視線を青空に向けた。
 薄くて白い細かな雲がゆったりながれている。視界の端に、白いぼんやりした月が見えた。太陽が空の青を甦らせて隠してはいるが、その太陽の陰の下、今頃乙女座が傍で仕えているのだろう。そして後ろで待つのは、揺れる稲穂のようにゆらゆらと定まらない天秤である。

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