二人は朝のように無言で、並んで座っていた。星を見上げながら、スピカは沈黙をやぶった。

「――お前の仕事って、大変なんだな」

 カーレンは臆することなく答えた。

「うん。
 ――でも、私は小さい頃にお父さんとお母さんが亡くなっちゃって、
 肉親が死ぬっていうのが、本当はどういうことなのか、よくわかってないんだ」

 さらさらと浜の砂をカーレンはもてあそぶ。

「でも、巫女やってる時は、すごく、悲しいの」
「お祖母さんがどっかで言ってたよ」
 火に包まれるカーレンを背に、

 ――あの子は感受性が強いから。

 ハーツは確かそんなことを言った。
 その汲み取った悲しみを彼女は必死で分解して、あの穏やかな顔をしていた。
「そうだね……そう言ってくれると、少し嬉しいかな。ううん、ありがとうって思う」
 また沈黙が場を支配した。空は潤んだ目のように星を光らせる。
 今度はカーレンが沈黙を破った。


「――あのね。
 私はまだ、第三者の死しか体験してなくて、こんなこと言うのは、罰当たりなんだけどね」
 慎重に、ゆっくりカーレンは言う。次の言葉をややためらっているようだった。

「新しく生まれてくる命っていうのも、とても大切だなって思うの。
 えっと、私はね、亡くなった人を見送るだけじゃないんだ」

 スピカが左を向くと、自然とカーレンと目が合うことになる。
 カーレンははにかんで、自分の頬にある刺青を指さした。

「この島の人はみんなどこかに刺青をしてる。気付いてた?
 私みたいに全身は巫女の家系だけだけど。
 新しく生まれた子供の、将来の刺青を考えてあげるのも私の仕事、なの」

 ざざ、と波が鳴る。頭上では星が流れた。
 スピカはただ黙っていた。その端正な顔立ちを覗きこむようにしながらカーレンは言い続ける。

「私が女の子だからなのかな――


 赤ちゃん見てると、よかったね、ここに、この世界に生まれてよかったね。
 苦しいことも、悲しいこともあるけど、生まれてきてよかったねって、思うんだ。


 ――えっとね。うまく、言えないんだけど」


 それでも、十分カーレンの言葉はスピカを刺激していた。スピカの胸をえぐっていた。
 新たな命のことなど、スピカの頭にも心にも浮かばなかったのに。
 顔にこそ出さないが、心はそんな風に揺れていた。カーレンは続ける。


「――死んで、わんわん泣くこともすごく大切で、その段階を失くしたらいけなくって。

 けど、そこを乗り越えていく強さや、それを忘れない心とか――
 新しい生や、ものの喜びを、考えて生きていくことが、実はすごく大切なこと、って、

 思ってるんだ、私」


 スピカは果たして、どれだけそれが実践できたろうか。


 スピカは家族を殺された。
 新たな生き方や、生命について考える思考力を奪われた。
 無理矢理の喪失が、どれほどスピカの運命を狂わせたろうか。
 その尊いことは果たして出来得るものだったろうか。



 独りで、自分がそれが出来たろうか。



「死は越えられないし、生き続けなくちゃいけない。
 だったら、今言ったこと――私にとって大切なことを思って生きていければ、
 もう少し、悲しまなくてすむかもしれないなあって――」


 どくんと心臓が鳴った。二人の距離は近く、カーレンに聞こえたかも知れないような大きな音。
 スピカは思わず、口にした。

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