港へ行く道で、人気のない所に出た時に、オーレがぽつりとカーレンに訊いた。

「カーレン君。君――その蟹座のあざのことだけど」

 きょとんとして、カーレンは己の鎖骨を見た。
 蟹の爪――乳房も表しているらしい――が彼女の体を這う赤い蛇の起点になっている風にも見える。
「何なんです?」
 スピカはカーレンを眺めつつ訊いた。
「や。やっぱり思い違いかなあ。他の姫が見つからない限り、何とも言えないねえ……」
 オーレは煮え切らない。カーレンよりもスピカが苛立って言った。

「だから何なんです? 言えばいいじゃないですか」
「じゃあずばり訊く。僕の推測だと、姫のあざの位置は定まっているんだ。

 僕ら野郎――僕の左胸にある獅子座の紋章、スピカ君の右腕、
 ニコ君の左腹、双助君の背中、花火君の肩などなど見事にばらばらだ。何の共通項もない。
 これは陽姫の十二の珠のうち男子の八つ――人道八行だね、僕のは「礼」だけど――
 その八つの珠はてんでばらばらに飛んでいった」

 ふうんとスピカは息をつく。

「だからアザの位置はばらばらと」
「出身や住んでた場所もね。
 僕は和秦の北陸地方で加賀の生まれと育ちだけど、君は異国じゃないかい?」
 確かに、和秦とは別の国で生まれた。そしてスピカの一族は旅芸人で、諸国を渡り歩いていた。

「――そうか。姫は四方にきっかり飛んでいった。そしてカーレンは南に住んでいた」
 スピカはカーレンを見る。カーレンはちょっと不思議そうに二人の男を見た。

「だから、アザは――この場合、頭の方向を北と考えれば――
 赤の姫はおへその辺りにあるのかな、と僕はふんでいた。
 同じように白の姫は右腕にあり、青の姫は左腕にあり、黒の姫は鎖骨辺りにあると思っている。
 だからスピカ君を太望君が発見した時、アザの推定位置をきいて、白かな? と思ったけど、
 名前をきいて、そんで顔をみて、ああこりゃ違うなと思ったの。まあ名前の時点でわかってたけど。
 重箱の隅をつつくような星の名前を芸名にしたのもどうかと思ったよ」
「僕のことはどうでもいいでしょう。いろんなことが余計です。顔って何ですか、顔って」

 それをきいてカーレンは、え? と思ったのか、すぐ二人に背を向け、服の端をつまみ、己の局部をのぞきこんだ。


 大胆なその行動に、しばし呆ける。


「ないよ。あざは鎖骨だけ――スーちゃん、どうしたの?」

 どうやら顔が赤に染まっているらしい。スピカの感じる熱は島の気候がもたらすそれからくるものではない。彼の血が彼を笑って流れていく。そして


「少しは恥らえっ!」


と叫ぶに至った。

「別に目の前でご披露したんじゃないんだしさあ」
とオーレはいやらしくにやけて言った。
「あはは」
 当人はまったく反省せず、無邪気に笑って走り出した。

「スーちゃん、行こっ」

 と振り返って彼女は言うが、スピカはまったく動けない。

「だからさ」
「そういう問題じゃないんですよ! オーレさん」
 スピカはオーレと向き合う。スピカの方がオーレより当然のごとく背が低い――それもある意味癪だが――ので、自然彼は見上げる形になる。もう二十歳なのに、少年のような可愛らしい顔にオーレは思わず微笑する。

「――でも、よかったね。お姫様が見つかって。スピカ君のお陰だ」
「そりゃどうも。ってそうじゃなくて。……まあいいですけど、なんで、僕のお陰なんですか?」
「君は賢くないねえ。それでも『智』の珠を持つ姫の御子かい?」
「いい加減怒りますよオーレさん」
「うん――」

 オーレは言葉を絶やす。スピカも落ち着いてきている。姫はまだ、二人を待っている。


「――君が何もしなくても、彼女は来たよ。
 あ、いや、やっぱり君がここに来ることが必要か。
 ――まあとにかく、一緒になるはずだったんだよ。
 おじさんの目で見る限り」


 はあ? と、やはり解せぬ、そんな顔をしてスピカはオーレを残し姫のもとへ足を進める。



「出逢うべくして出逢ったのさ」



 オーレは独りごちりながら同じく進む。スピカには、聞こえない。

「双助君と信乃君みたいに、いや、僕らは、あまねくそんな風に出逢うのさ」

 潮風が吹く。
 かもめが鳴き、空は海は、三人を受け入れるかのように、待ち受けていたかのように広い。



 三人は全ての始まりへ出発した。

(了)

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