街のあちこちで咲いていた祭への賑やかなムードが最高潮に向かって、カーレンの家に近い浜辺に集う。そこは西の浜辺、原色そのままに赤く燃ゆる太陽が名残惜しそうにゆっくりゆっくりその光を、祭の夜を待つ人々に与えて沈んでいく。
 カーレンは桃色の薄い衣から赤色のワンピースに着替えて西の浜辺へ降りてゆく。そこに祖母、男達が続いた。

「この島の祭は祭祀の意図ももちろんあるが、周りの島や、そしてこの火の島の文化すべての、月いちの発表や舞台でもある。楽しめると思うから、ゆっくり見物して和秦に帰られるといい」

 スピカは軽く頷いたが、目は、沈む太陽や見え始めた宵の明星、そして、前を進む燃える赤で身を包んだカーレンを見ていた。そしてすぐそばの大洋にじっと焦点を合わせた。
 赤い海だ。神が赤の塗料を流し給うたような赤。
 昨日、カーレンと出会ったあの浜辺で感じたような、どうにも理解しがたい、どこかに行きたい気持ちは浮かんでこなかった。
 スピカには、それが少し不思議だった。




 夜がまた現れた。夜空のもと人々はあちこちで火を燃やし、歌い、踊り、笑い、楽しんで、失われた昼を再現しているようだ。赤、橙、黄といった暖色系の色が目立つ。頬や腕に彼らが持つ刺青も怪しく揺らめく炎の影の中で、それぞれの個性を放っている。

「それではハーツ殿は」
 シリウスがやや興奮気味に言った。火の島について、火の巫女について、講釈をたれる前にハーツが少し和秦について語った時である。
「そうだね。黄姫ってきいてそんな因縁もあるもんかと思ったよ」
 先代巫女としてもてなされた、木の島特製のぶどう酒をハーツは一口飲み、続けた。

「あたしがまだ巫女としてばりばり働いている頃に、姫誕生の祝いの使いとしてこの諸島を代表して行ってきたんだった。
 その時姫はすこぶる不機嫌でね」
 たとえ赤子の時のことでも、その姿が目に浮かぶのか、シリウスは顔を緩めた。
「でもあたしの姿と炎を見て、ぐずってた姫は泣き止んだ。
 それから笑って、あたりはびっくり、あたしだって驚いたね。
 思えば、あれも運命の一つだったのかもねえ」
 と言い、スピカとオーレと、食を進めるカーレンを見た。
 彼女達がいるのは巫女席――特別席であり、中央の大聖火がまるごとよく見え、様々な余興も楽しめる。聖火からの閃光にカーレンは照らされながら、その話をきいていた。

「スーちゃんはそういうの、ないの?」
「きいたことはある。
 やっぱり姫誕生のときに僕んとこの一族が舞を奉納した。
 ちょうど和秦のその辺りにいた時期らしくて」
 けど、そんなことはまるっきり関係ない。そんな風にスピカは言った。

「あなたは? オーレさん」
「僕んとこは、少し(はばか)りがあるかな」
 口をむぐむぐ動かしオーレは言う。
「憚り?」
 怪訝な顔をしたスピカをよそにカーレンが次に矢を放つ。
「ねっ、スーちゃんはそれじゃあ踊れるの? 他にどんなことが出来るの」
「おどれるよ」
 しかも、そんじょそこらの踊り子よりも。
 もともとスピカはとある舞芸の一族出身で、家族と共に諸国漫遊してはその舞を広めてきた。
 しかし――スピカは聖火を見た。
 水鏡があるのなら火鏡もあるかもしれない――過去に、自分の目に焼きついた記憶が浮かんでくる。


 炎の記憶。


「ほかには? 他は? ねえ」

 演技も出来、詩歌管弦、曲芸もある程度は出来る。自分を技巧力優れた女だと思わせるくらいには。しかし今、この祭に沿う賑やかなことは果たしてあったろうか。あ、とふとスピカは思いつく。

松明(たいまつ)何本か貸して」

 きょとんとしながら、カーレンはいつもの裸の足で近くの松明を三本持ってきた。さすが火の島の巫女、なんら火を恐れていない。むしろ火の流れを操っている気がしてならなかった。
「なにするの?」

 スピカはそれを持ち、空中に放った。
 三本三方向に、虹のようなアーチ。
 あとは童子のするお手玉の要領でそれらを遊び道具にする。

「わーっ、すごいスーちゃんっ」
「火傷しないようにね」
 オーレもやや驚いて言う。
 しばらく続けて三本とも器用に受け止めると知らず歓声が上がったので、小手先の技だが、まあいいかとスピカは少し思った。
 松明をもとに戻して軽いお酒で口を潤すとスピカがオーレにきいた。

「で、あんたは何が出来るんです」
「ん――できるこた、できるけど。準備に時間がかかるのだよね」
「オーレさん、それって?」


「人を呪うこと」


 一気に、張り詰めた静寂の糸がカーレン達の針穴を抜けた。

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