男二人、南の風をうけながら、若い女の声が鈴のように鳴っている賑やかな洗濯場を訪れた。島民共同の洗濯場なのだろう。多くの白い衣や布、それぞれ色を持つものも汚れを落として本来あるべき色に戻っているみたいだ。風に穏やかに揺れて、空をさえぎりさえぎりする。
「あ! スーちゃん」
カーレンの声がどこからかしたと思ったらどこからか走ってきてひょっこり顔を出した。オーレは彼女をみて、またにこりと笑って、カーレンも笑い返した。
「スーちゃん、ねえ」
とオーレは嫌味に笑った。スピカは嫌な顔をしながらも無視した。
「あ。この人はオーレさん。その……獅子座の人なんだけど」
「やあどうも初めまして。お姫さま」
とオーレは恭しく礼をしてもうひとつ笑ったのだが、その笑いがスピかには気に入らない。
「はじめまして。この島の巫女を務めている、カーレンです」
とカーレンはいやに丁寧にお辞儀をした。それもスピカは気に食わないのだからどうにもしようがない。
「今スーちゃんのこと紹介してたところなの。来てよ来てよ」
「や、少し待て」
方向を定め向かおうとするカーレンを、スピカは白く細い腕で制した。
「お前オーレさんには変な愛称をつけないのか」
「うん。だってオーレさんはもう名前がオーレさんだもの」
要領を得られずスピカは顔をしかめた。カーレンは続けた。
「この島では名前の一部に長音が入ってないと、不吉なの。
私カーレン、おばあちゃんはハーツ、オーレさんはオーレ。
だからスーちゃんはスーちゃんよ」
そうか文化かとスピカが返事できずに、それでも嫌な顔をしているので、さっさと二人は進んでいってしまった。二人は会ったばかりなわりに仲も良さそうだったし、急にスピカは何か不快なものを感じて二人に追いついた。
「ただいまー。みんなー和秦からのお客様だよーっ」
きゃあ、と歓喜の黄色い声が上がったせいか、スピカはこころなしかほんの少しいい気分になる。和秦はここからだいぶ離れた遠い国だ。珍しさもあろう。
「はじめまして旅の方。私はサーラです」
赤い髪のリーダー格の少女が立ち上がり言う。カーレンより少し背が高く、頬と鎖骨に刺青が施されていた。肌の色が薄いカーレンとは違う健康的に体が日焼けしている。
「んと、あの子はシーア、まんなかがセリーヌ、はじっこがソアラー」
「なるほどみんな名前に共通しているのは長音だね。スピカ君、なかまはずれ」
スピカは脳が痛むので相手にしないことにした。しかし娘達は名前以外にも共通しているものがあった。
刺青。彼女たちは顔や腕や体のどこかに、必ずそれを縫いつけている。カーレンのように全身に至るものはないが。
「あ、そうだ。ティヌー、来れないって」
「? どうしたの」
カーレンは草で編まれた敷物の上にふんわりとした動作で座った。
「お祖父さんの具合が悪いみたいで……」
その時、カーレンの目に一瞬何かがよぎったことに、スピカは気付かなかった。オーレはのんきに空を見ていた。
「よくなるといいけど」
下がった音調で、カーレンが答えた。
「あ。遅くなったけどこんにちはお嬢さん方。和秦から参りましたオーレと申します」
恭しくオーレは自己紹介し、続いてスピカの服の首ねっこをつかみ、
「この子はスピカ。花も恥じらう二十歳の可憐な乙女だよ」
と紹介されたので、激怒し、洗濯場の中心でこう叫ぶ。
「僕は男だあ――っ!」
ええーっという声がした。ということは、スピカは女として見られていたということになる。そのことに憤怒したいが、相手は無邪気な本物の乙女達だ、とスピカは何とかこらえた。
「だってスピカ君は乙女座じゃないか」
「乙女座の男だっていますよ」
カーレンを始めとしたうら若き乙女達は、二人の話した星座のことが、今、繁華街のある島でも話題の黄道十二宮占いに関することだったので興味を持って男同士の会話をきいている。
「この間までずっと女装してたし。今もまあそう変わらないけど」
「本っ気でぶっ倒しますよこの親父!」
のんびりとしたこの島で、そんなに聞けるものではないのだろう。くすくすと男の口げんかを楽しんでいる。
「女装してたって――スピカさんの夢は劇役者か何か?」
一人が訊いた。
「人を、殺すこと」
スピカは何てことないように答えた。