星の夜
カーレンの向かった洗濯場は家を出て左の方の浜辺とのことなので、何故自分が呼ばれるのかいまいちわからないけれど、スピカは蟹座の姫の後を追うことにした。
その時予期せぬ人物と遭遇した。
「やあスピカ君。お久しぶり。元気してたかな」
ぼさぼさした髪と、わりと整った髭が目立つ。この南国の暑さを考慮してだろうか、先日別れた時は羽織姿だったのに、浴衣姿に変身していた。
獅子宮、礼の珠を持つ人物、オーレである。
「オーレさん……あんた、一ヶ月どこをほっつき歩いてたんですか。ちゃんと姫捜しはしたんですか」
「してないよ。してないに決まってるじゃないか」
あっけらかんと彼は返した。スピカの顔色が怒りの赤色に変化する。
「二手に分かれて捜そっつったのあんたじゃないですか!」
「いやー、初めての家族旅行だったからねえ」
彼には和秦に妻と息子がいた。今は里見国に身を寄せている。
「僕に内緒でそんなことしてたんですか」
「そんなこととは失礼だね。あのねスピカ君。僕は十年くらい雛衣と礼蓮を置きっぱなしだったの。そういうことを家族で楽しむ時間がないといけない。僕はお父さんだよ?」
十年前、つまりあの陽姫の事件から二十年後、最初に天狼――シリウスに発見されたのが、陽姫と同じ星座でありその珠を持つオーレであった。それから十年間、彼はシリウスと共に十二宮を捜し続けていたのである。
「オーレさんみたいな父親はお断りですよっ」
苦々しくスピカが言う。一瞬オーレは冷たい目をした。気付かれないうちにまばたきを一回して、オーレはまたにこにこして言った。
「いや、スピカ君も一ヶ月どっかでぶらぶらしたんだろ。
でなきゃ、
「一つしか――って、一つ? 火の島が一つ?」
「蟹座の姫、赤の姫。そして赤は陰陽道で火を司る!」
訓戒を述べるようにオーレはきっぱり大きく言った。
「スピカ君。君、智の珠を持つくせして、なおかつ利発な顔立ちしてるのに、頭足りてないんだよ。おばかさん」
「く、く、くう――っ」
スピカ、痛恨の極みである。
「ま、でも。いい長さだったでしょう」
オーレはやはりにこにこして言う。
「君は逃げ出さずにまだここにいてくれていた。
少しは自分に落ち着きを持てたかな」
オーレはお見通しだったとばかりに、ふふと微笑した。スピカは思いきり眉をひそめた。
だけれども、心のどこかで彼のささやかな優しさを感じずにはいられなかった。
「ところでさっき、あの家から出てきた子とすれ違ったんだけどね」
「ああ。彼女――カーレンが、姫でしたよ」
疲れた、とばかりにスピカは脱力する息を吐いて告げた。