鈴の鳴るような声を発したのは、多分彼女だろう。少女というよりも、女性。胸には膨らみもあるし身長もそう低くない。顔も稚けなくはなかった。
スピカはそれよりも、彼女の体を這う痣に――いや、刺青が目に留まった。
鎖骨に沿うようにして、赤い蛇線は両腕に伸びる。間接に一つの赤丸。そこで蛇は止まることなく手の甲へ落ちる。スピカの見られる限りでは、刺青は何か呪術的な文様として施されているのだろう。薄い桃色のワンピースの下の体にも、何か奇妙な文様が施されているに違いない。
顔面にまで至っている、それは相当のものだった。
「旅の人?」
もう一度、彼女は訊いた。
「あ――そうだけど」
スピカは少し口ごもりながら返事した。何だか、少し恥ずかしい。
「この島の巫女を、探していて」
「あ。それは」
私です、と彼女は自分を指さして、笑った。スピカは一瞬、ひるんだ。え、と声をもらす。
「っていっても、この島のことは私のおばあちゃんの方がうんとよく知ってるんです。一緒に行きましょ、私の家」
と巫女はやや強引にスピカの手をつかんでうきうきと進み始めた。
「あ。私、カーレン。十九歳。あなたは?」
この強引さに戸惑いを感じながらスピカは返した。
「スピカ。二十歳」
船の上から続いているうんざりした、しかしそれでも美しい顔をしながら。
「男の人? 女の人?」
「男だよ」
そこで彼女――カーレンは立ち止まり、少し何かを考え込んだ。かすかなしかめっつらをした。しかしすぐに明るい顔に戻った。
「じゃあスーちゃん。決まりね」
「はあ? 何が――」
とカーレンはスピカの問いにかまわずに、ますますうきうきして砂浜を駆けた。しばらくして街に入り、横切る。
行き交う人がカーレンに挨拶をする。巫女さまこんにちはという子供達の声。あらお客さんかいという街の主婦らしき一団。軽やかに手を振る青年の男性達。カーレンはそのたび笑って挨拶を返したり、手を振ったりする。
「カーレン、あとで来なさいよぉ」
「わかってる――」
同世代の友達か、数名の少女たちの声も軽やかに受けとめ返す。
一緒に走っているスピカにとっては、今まで白黒でつまらなく見えていた彼の世界に、まるであらゆる色の絵の具がぶちまけられたような応酬だった。
「はい到着だよスーちゃん」
急に走って、しかも途中は軽い上り坂だったゆえに、さすがにスピカは息を切らしていたが、空気が澄んでいたので、やがて落ち着く。
「おばあちゃん、ただいまぁ」
南国特有の風通しのよいつくりの家。当然扉はない。家の中にはさすが巫女の家というのか、何やら怪しげな石や植物や貝がらなどがあちこちにみつかった。
そして、一人の老婆をみつけた。彼女もまた全身刺青だらけである。穏やかに微笑みながらスピカを手招きした。
カーレンの隣に座るよう指示されたので、そうした。
「さて……どうしたのかね、若い人や」
「あ。おばあちゃん、この人はスーちゃん」
「スピカです」
カーレンがつけた何のひねりもない愛称を遮るように名を告げた。
「和秦から来ました。尋ねたいことがあったので」
そう言ってスピカは自分の腰元の包みから、ころんと何かを取り出した。
無色透明、乙女座と一つの文字――人道八行の四番目、智の文字が浮かぶ珠。三十年も前、陽姫が生み放った十二の珠の一つだった。