この辺りの島には必ず一人、巫女がいる。その巫女がスピカ達の捜している姫である可能性は高い。しかし今までの巫女は高齢ばかりであったし――
何より、印がない。
印。それはスピカ達の体に染みついている星座の紋章だった。普通のほくろのような色で、スピカは右腕のひじにある。乙女座の紋章は、乙女の流れる髪を表したもの。欧文字の表音記号に、似た形がある。
だからこの島にもいないと思っている。その望みのなさと今までの捜査の不毛と――、そして自分のつい最近起こった事件のやりきれなさに、とにかくスピカはうんざりしている。
空を支配する太陽の光にすらも、嫌気がさす。
島の熱気も、大空を飛ぶかもめやうみねこの鳴き声も、人々の楽しそうな顔も声も、青い光に満ちた空も海も、自分が位置している運命も何もかも全てに。
少し、眩暈がした。
はっと気づいたら、人も動物も、風さえもない浜辺に出ていた。
さざ波の音だけが聞こえる。あとは、何も聞こえない。静かな浜辺。
スピカの呼吸する音さえも静かに、はっきりと聞こえた。ひょっとすると、心臓の鼓動も聞こえるかもしれない。そしてスピカは海に目を向けた。
船から見下ろした色とはまた違った蒼さである。空と同じ青の要素を持つが、水平線がはっきり見える蒼。
スピカは、何もないその水平線だけが永遠に延びる空間を凝視した。
さざ波の音が、ゆっくりとスピカを包む。だんだん、さざ波の音さえ静寂の底に沈んでいった。
懐かしい暖かさがこみ上げてきた。何故かは知らない。遠い遠いどこかから、まるで津波のようにその暖かさがやってきて心を突き上げる。虚空に心が飛ばされる。
冷たいスピカの中に甦るのは、人間が誰しも持っているべきぬくもりだった。
父、母、姉のぬくもりが。
深い深い、蒼が誘う。
もし、あの日に、あの男の腕をふりきって、あいつを追うことができていたなら。
いや、違う。
もっと昔、もっともっと昔に。
自分もあいつに。炎に。炎の中に。
そうすれば、そうしていたなら。
命なんかいらないから。
陽姫のことも玉梓のことも里見のことも世界のことも十二星座の運命のことも全部いらないから――
「旅の人?」
と、全ての考えの奔流が、そこで止んだ。
スピカは、振り向いた。
一人の少女が、そこにいた。