ある日の暮れ方のことである。
落ちていく日に惹かれ、カーレンは足をとめる。
夜の訪れが、寒くなるにつれ早くなっている。日没後に夕食を摂る瀧田城の厨房を、城の要人であるにもかかわらず手伝うカーレンは厨房に急ごうと思うのだが、長くて、寂しい夜を越える為に瞳に光をとらえておきたかった。手に抱える籠の中には旬の野菜が積まれていて、夕日にぴかぴか映える。
「あらあら。美味しそうですわね」
「あ、李白さん」
ふんわり微笑を浮かべながら李白は通路をしずしずと渡ってくる。強い橙の光が、白い李白の肌を化粧するように見えた。目を細めながら彼女も暮れる景色を見た。
「もう大分日が経ちましたけれど――大丈夫でしょうか。皆さんは」
李白の横顔は届かないものを見つめていて切なさに溢れていた。カーレンは夕焼けから、太陽が通り終えた空に視点を切り替える。花火達はほぼ時差のない華北に行ったが、スピカ達は自分達とは違う時間帯にいるだろう。同じ太陽を、見ていないだろう。
同じ太陽を見てはいないが、今沈む太陽はきっとスピカ達を眠りから覚ます、昇る太陽になるだろう。
「大丈夫ですよ」
同じ空の下にいる。カーレンはたったそれだけでスピカ達との繋がりを、無事であることを信じた。
「だから早くごはんつくって食べて――」
くるりと身を翻しカーレンが通路に戻ろうとした時に、それは見えた。カーレンは立ち止まる。
体を縛るような長い黒髪。病的に白い肌。折れそうな程細い体。
血に濡れたような――赤い目。
「カーレンさん?」
李白の声で、カーレンは自分が籠を投げ出し、外へ飛び出したことにやっと気がついた。光に照らされ美しかった野菜達が、何かの死骸のようにごろごろ転がって辺りに散らばる。
息は荒い。汗がにじみ出る。心臓は活発に収縮している。カーレンは自分が見た幻に確かに恐怖した。
たとえそれが、姉と慕う人物に似ているものだったとしても。
椿の木の下にいるその女のもとへ、一人の男が訪れたのは真夜中のことである。
虚無の世界の太陽の如く、女の姿だけがぼんやりと紫の光に縁取られていた。
女は男に言う。妖しい嗤いを浮かべながら。
「我が名は――玉梓、いや――妙椿じゃ」
けらけら、けらけら、と笑うように椿の木が、梓の木が揺れていた。